出会いと再会-1
それから数十分後。
「脱走した次の日に一人で歩かせてくれるって、すごく寛大だとは思うんだけど―」
悠樹は壁に向かって呟いていた。
「どこよ、ここ」
くしゃりと、手にした紙を握りしめる。
案内するというアリアに、自分で散策するから大丈夫と告げて邸内の探索に乗り出した。
それはいいのだが。
昨夜はすぐに見つかったはずの階段に辿りつけない。渡された邸内見取り図を開いても、部屋の名前が書かれているのであろう文字が読めない。来た道を戻ってみたが、似たような扉のどれが自分の部屋なのか、言い当てられる自信もない。
ようやく見つけた階段を下りてみれば、上質なカーペットで覆われていた上の階とは異なり、板が張られただけの簡単な造りの廊下が続いている。
気付けば。
現在地もわからない完全な迷子となっていた。
(とにかく、部屋に戻るか、誰かを見つけるかしないと)
このままでは、また屋敷を抜け出したと勘違いされかねない。
とりあえず、左右どちらかへ進もうと首をめぐらせた時、すぐそばの扉が開いた。次いで、きっちりと黒のフォーマルを着た男性が姿を現す。
悠樹よりも数歳年上に見えるその人物は、立ちすくんでいる彼女に気付くと一瞬目を見張ったが、すぐに笑みを浮かべた。
「このような所で、いかがなさいましたか?」
柔らかな声質と落ち着いた話し方、そして顔に浮かんだ穏やかな笑みに、悠樹を怪しんでいる様子は伺えない。不審者とは思われていないことに胸をなでおろし、悠樹はその男性に近づいた。
「あの、お屋敷の探索、というか……えっと、その」
「左様でございますか」
邸内で迷子になったとはさすがに言えず、歯切れ悪く返すと、男性は思案げに頷いた。その視線が握り締めた見取り図を捕らえ、そして悠樹の背後にある、降りてきたばかりの階段へと動く。
全て見抜かれているような居心地の悪さを感じて、くしゃくしゃになった見取り図を後ろ手に隠した。
それに気付いたのか、男性の顔に笑みが浮かんだ。
「それでしたら、是非ご覧になっていただきたい場所がございます。よろしければご案内いたしましょうか」
「いいんですか?!」
差し出された救いの手にぱっと顔を上げれば、白銀の髪の向こうからのぞく青い瞳と視線が合った。透明度の高い海のように澄んでいて、それでいて底のない深さを持った不思議な色合いにドキリとする。
が、その光はすぐに笑みの中に消え、
「もちろんです。こちらへどうぞ。」
白い手袋に包まれた手に指し示されるまま、悠樹は廊下を歩き始めた。