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眠れる城の王子  作者: 鏡月和束
眠れる城の王子 〜本編〜
25/166

森での出来事-5

(帰る)

(…………帰る?)

(……………………帰れる?)

 たった一つの言葉だけが胸の内で繰り返され、知らず手を握り締めた。掌に爪が食い込む事で生まれる痛みは、胸を締め付けるそれには遠く及ばない。

「早く無事な姿を見せて安心させて……悠樹?」

 うつむいたまま、小刻みに震えている彼女に気付いたのか、ファルシオが言葉を切った。悠樹の顔を覗き込み、そして言葉を失う。

「帰るって、どこに?」

 ようやく漏れた悠樹の声は、ひどく掠れたものだった。

 彼女の、病的なまでに青ざめた唇がひくりと震え、瞬きを忘れたような瞳がファルシオを捕らえた。だが、すぐそばにあるはずの困惑したファルシオの顔でさえ、どこか遠い存在のようにも見えて。

 悠樹は、急速に冷えて固まっていく感情を自覚しながら、彼に向かって答えられないとわかっている問いを投げかけた。

「私のウチ、どこにあるの?」

「っ……」

 ファルシオが小さく息を飲む。

「私が帰るのはあんな立派なお屋敷じゃない。私の事を心配して待ってるのは、あのお屋敷にいる人じゃない」

 彼の瞳の奥で揺れる光よりも、さらに遠くを見つめて呟く。

 これ以上言ってはいけないとわかっていても、あふれ出した想いはもう止まってはくれない。

 狭く古いマンションの一室でしかない自宅。

 腹の立つことを言う親。

 嫌になるほど見慣れた、でも懐かしく温かい風景。

 言葉にすることもできない強い想いを代弁するかのように、焦点の合わない瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。かすんだ視界を振り払うように、悠樹は小さく首を振った。

「ウチに帰して……帰してよぉ……」

 音もなく溢れ、零れていく涙の代わりに、木の枝から落ちた水滴が水溜りで声を上げた。二度、三度と続くその音だけが森に響く。


 ふいに、ふわりと抱きしめられ、悠樹は目を見開いた。その瞳から、また一雫の涙が頬を伝い落ちる。

「すまない。……本当に、すまなかった」

 戸惑うようにまわされたその腕は、少しでも抵抗の素振りを見せれば解けそうなほど弱く、それでいてしがみつくような必死な気配も感じる。

「元の世界に帰る方法は必ず見つける。約束する」


  ――だから今は、今だけは、あの場所に戻ってくれ。


 そう囁いて、ファルシオは悠樹を抱く腕に力を入れる。自分を包み込む腕の温かさと優しさに、悠樹の瞳にまた涙が滲んだ。

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