森での出来事-4
轟音と共に放たれた水流が収まると、周囲に静寂が戻った。木々から滴り落ちた水滴が小さな音を響かせる。
「立てるか?……おい、悠樹」
肩を軽く揺すられ、悠樹は我に返った。
辺りに獣の群れはなく、あるのはこちらを見つめるファルシオの顔だけ。と、同時に、この状況に至った経緯を思い出し、いたたまれない思いでその人物を見上げた。
「どうしてここに?」
「屋敷を抜け出して、自分で歩いてきたんだろう?晩餐を断ったわりには元気だな」
「私じゃなくて」
ファルシオが質問の意図を理解した上でとぼけているのは、その瞳を見れば明白だった。自分を睨みつける視線を平然と受けとめて、彼は小さく肩をすくめた。
「屋敷に戻ったら、暁姫が何者かに拉致されたって大騒ぎになっていた」
「は?」
「森のほうで不審な明かりを見た、廊下の窓が開いていた、悠樹がどこにもいない。……そのあたりからそう考えたんだろう。」
予想外の言葉。
悠樹は口を開けてファルシオを見返し、彼はそんな彼女に苦笑して見せた。
「まぁお前が自発的に抜け出したんだろうってことはすぐにわかったがな。だからと言って、放置もできないだろ」
「なんでよ。もう私に用はないでしょ。放っといてよ」
「あのな、急にいなくなったら誰だって心配するだろ」
自分でも刺々しいとわかる言葉に、ため息に似た囁きが返ってくる。そこに混ざる優しさと安堵を感じて、ちくりと胸が痛んだ。
悠樹が屋敷を抜け出したとわかってから、明かりが見えた方角だけを頼りに探してくれていたのだろう。武器を持っていたことを考えれば、今のような危険も承知の上でこの森に足を踏み入れてくれたことになる。
何も告げずに逃げ出した自分を追って。
(でも……それでも……私は……)
黙り込んでしまった悠樹を見下ろして、ファルシオは小さく息を吐き出した。が、すぐに表情を引き締める。
「百年の間に城の周りは森に変わり、魔獣が住み着くようになった。皆目覚めたばかりで、まだ安全確認も調査も終わっていないんだ。ここまでの道は確保したが、いつ何が起こるかわからない。……意味、わかるな?」
あの獣のことを言っているのだろう。
ふるりと身体を震わせて悠樹が頷くと、ファルシオも小さく頷き返し、手を差し出した。
「ほら、帰るぞ」
何気なく告げられたその言葉に、悠樹の身体がぴくりと反応した。