森での出来事-3
リアルな残酷表現はありませんが、命が消えていくシーンがあります。
苦手な方はご遠慮ください。
「水龍」
悠樹たちを背後に庇うように立つシェリスから零れ落ちた言葉。決して大きくはないその声に全身総毛立つ感覚を覚えて、悠樹は彼へと視線を向けた。
両手で下段に構えた剣。その柄頭に填められた石が青い光を放ち、それに応えるように刀身が無色の流動体に覆われていく。月光を屈折させてゆらゆらとその姿を歪ませているもの。その正体に気付いて、悠樹は息を飲んだ。
「水?……どうして……」
「森の中で炎を使えば火事になる。当然だろう」
悠樹にとって答えになっていないことを言うと、ファルシオは剣を手に立ち上がった。背後に回ろうとした獣を切り伏せ、シェリスの前方へと彼らを追い込んでいく。
警戒したように、獣たちは唸り声を上げるだけで一定距離から近寄ろうとはしない。ファルシオの剣で消えた命からそう察したのか、と思いながら、悠樹はその可能性を否定していた。
(違う……ファル王子の剣より、あの人の気配のほうがよっぽど……)
シェリスの手元に集まり、爆発的に成長する力の気配。その大きさに、獣の群れと対峙したときとは異なる恐怖を感じて、悠樹は知らず自分の身体を抱きしめた。それでもシェリスの後姿と刀身を取り巻く水の塊から目が離せない。
少しの時間で剣が纏う水の量は増え、今では刀身すべてを覆い隠すほどだ。そしてその内側には、見た目の異様さを超えるほどの大きな力が凝っている。荒れ狂う大河の、決壊前の堤防に立たされたような危うい緊張感に似た感覚が悠樹を襲う。
(やだ……やだ、あれ…………怖い……)
「大丈夫だ。あれはお前に害を与えるものじゃない。」
蒼白になって震える悠樹を、ファルシオが抱きしめる。自分の身体を盾にするように悠樹を覆うが、それでも彼女の震えは止まらない。肩越しに見えるシェリスの背中を、瞬きを忘れたように見つめていた。
ふいに、獣のうなり声が大きくなった。気付けば、一匹がすぐそばまで迫っている。それは姿勢を低く構え、今にもシェリスへ飛びかかろうとしていた。
悠樹が叫びかけた瞬間、シェリスが動いた。
剣を真横に振りぬく、その動きにあわせて刀身を覆う水流が放たれる。それはまるで水平に流れ落ちる滝のように、その名の通り、命を持った水の龍のように獣の群れに襲い掛かっていく。
悠樹は、その常識外れな光景を眺めることしかできなかった。