森での出来事-2
リアルな残酷表現はありませんが、命が消えていくシーンがあります。
苦手な方はご遠慮ください。
獣の悲鳴が夜闇を裂いた。
ざわりと風が悠樹の髪を撫で、次いで忙しない呼吸音が聞こえる。だがそれは獣のものではなく明らかに人の気配。
悠樹が薄く目を開けると、悠樹と獣の群れの間に立つ人影と、倒れた獣が砂が風に舞うかのようにその姿を消していくのが見えた。ゆっくりと顔を上げると、人影は細身の剣を携えた一人の男へと変わっていく。
「あ……」
意味を持たない言葉が悠樹から零れ落ち、人影はざくりと地を踏みしめて振り返った。男の顔が月明かりに照らされる。
神々しいまでに輝く金の髪。
頬には朱が上り、それでいて青ざめたようにも見える白い顔。
肩で息をしながらも消耗した様子は微塵もなく、色素の薄い瞳の中で、金色の光が強く悠樹を見据えている。
「夜の散歩は安全が確保された場所でやってこその贅沢だ。そんなこともわからんのか、このバカ!」
感情の高ぶりを隠そうともせず、怒声を響かせた男は悠樹へと歩を進める。数時間前に出会ったばかりのその人物の名を思い出すよりも早く、男の背後で黒い影が動いた。
「後ろっ!」
ひきつった悠樹の声より早く、ファルシオは振り向きざまに剣を一閃させていた。飛び掛ろうとしていた獣の姿が真っ二つになり、地に落ちる前にその姿を崩れさせる。同時に、背後に控える獣の集団の唸り声が大きくなった。
びくりと肩を震わせ、腰が抜けたようにその場に座り込む悠樹を背に、ファルシオが小さく舌打ちする。
「殿下」
小さな声が聞こえ、悠樹のすぐ後ろから大柄な男が姿を現した。身長とほぼ同じ長さの大剣を担いだまま、小さく頭を下げる。
「シェリス、状況は?」
「背後に群れの本体がいます。屋敷までは避石を置きましたが、長引けば囲まれる可能性があります」
「そうか。……術具の使用を許可する。なぎ払え」
「はい」
シェリス、と呼ばれた男が短く返事をして前に出る。
位置を譲ったファルシオは悠樹に歩み寄り、跪いた。素早く彼女の身体を見て目立った外傷がないことを確認する。
「怪我はないな?」
無言で頷く悠樹の目の前で、男は自分の上着を脱ぐと彼女の肩にかけた。そしてその上から抱き寄せる。
「無事でよかった」
ため息交じりに呟く声。身体を包み込む温かさ。
今更のように震え始めた手が縋るように彼に伸び、悠樹は彼の名前を呼んでいた。