森での出来事-1
さくさく、さくさく。
地面に積もった落ち葉が一歩踏み出すたびに音を立てる。スマートフォンのライトでは十分な明かりは得られず、孤独感に苛まれながら、行く手を遮る草やクモの巣を手にした棒で払いのけ、前へと足を進める。
(どうしよう。どっちが『前』でどっちが『後ろ』なのかわかんなくなってきた)
ふいにそんな不安が胸をよぎり、同時に笑い出す。
(どっちが『前』でも一緒。あのフィルドとかいう子に会った時から。ううん。あの白い世界に入った時からずっと……自分がどこにいるのかなんて、わからない)
ふいに、足に微かな痛みが走って、悠樹は我に返った。
細い草が膝下をかすめ、僅かに血が滲んでいる。何箇所目になるのか、数えることもやめてしまったいくつもの傷と、新しいそれをため息混じりに眺めて、悠樹はまた歩き始めた。草払い用に拾った棒を腹立ち紛れに振り回し、道を拓く。
「大体、どこまで続くのよ、この森」
周りを見渡すと、三六〇度同じような風景だ。見上げた空は周りの木に遮られて、月の姿は見えない。木々の間から差し込む淡い光が幻想的と言えなくもないが、この状況ではそれを楽しむ余裕など生まれるはずもなかった。
「誰もいないし不気味だし。静かす―」
独り言が不自然に途切れた。
目の前に、いくつもの赤い光が瞬いている。それは、テレビなどでしか見たことのない狼に良く似ていた。だが狼にしては大きく、その姿は凶悪だ。
口から大きくはみ出した牙と眉間にある第三の目。鋭い二本の角は、明確な意思を持って悠樹に向けられている。
「っ!」
声にならない悲鳴を飲み込んで、悠樹は一歩二歩と後退した。それにあわせて、赤く光る瞳と銀色に光を返す鋭い牙をもつ生き物は、一匹、また一匹と数を増やしながら徐々にその距離を縮めていく。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう)
パニックに陥った思考は同じ言葉を繰り返す。
咄嗟に手にした棒を前に突き出すが、草を払うために拾い上げたそれは細く、武器にはなりそうもない。
それでもそれを振り回しながらさらに数歩下がったところで、背中が大きな木の幹に当たった。
抵抗の意思を見せたためか、または逃げられないことを悟ったのか。獣たちの歩みが止まった。
じっと悠樹を観察し、二匹だけが前進を再開する。ゆっくりとしたその歩みと低いうなり声はこちらを警戒しているというより、獲物をいたぶる愉悦に浸っているように、悠樹には思えた。
絶望に満ちた恐怖に、思わず目を閉じた時。
すぐ横で、風を切る音がした。