夢からさめて
「いつまで寝てるの!いい加減起きなさい」
「ふえっ?!」
突如響いた聞き慣れた声、聞き慣れた小言。ばさりと布団を跳ね上げて、悠樹は上体を起こした。きょときょとと周りを見回すと、そこは見慣れた自分の部屋。自分を見下ろす見慣れた顔が、呆れたような表情を作る。その視線を受け止めて首を傾げた。
「あれ?」
「あれ、じゃないでしょう」
「……なんで?」
瞬きを繰り返す悠樹の目の前で、処置なしと言わんばかりに首を振ると、母親は娘に背中を向けた。
「寝ぼけてないで、さっさと起きなさい」
「んー……なーんか変な夢、見た気がするんだけどぉ~?」
もぞもぞとベッドから抜け出し、制服に袖を通す。鏡の前に立ったとき、ふっと悠樹の上に黒い影が落ちた。
そこはすでに悠樹の部屋ではなく、学校正門前の横断歩道。大きな黒い影が迫り、ブレーキ音が鼓膜に突き刺さる。咄嗟に目を閉じると、身体が落ちていく感覚が悠樹を襲った。
何かを叫んだところで、目が覚めた。額に滲む汗を手の甲で拭うと、首だけを動かして周囲を見回す。
高い天井、大きな窓、重苦しい色合いのローボードとクローゼット。誰もいない、見慣れない部屋は夜の闇の色に染まり、辺りはしんと静まり返っている。
自分の身に起きたことが夢ではなかったことを改めて認識して、悠樹は大きく息を吐き出した。
そして。
「……―――ぇんなきゃ」
きゅっと唇を噛んでから顔を上げると、悠樹はベッドから這い出した。
(…………ベッド?)
一瞬動作を止め、ゆるく首を振る。
(いまさらソファからベッドへの移動してた、なんて大したことない。異世界なんて場所に連れてこられたことを考えれば、そんな事……全然)
皺のついた制服のスカートを手で軽く整え、綺麗に畳まれたジャケットを手に取る。ネクタイをポケットにねじ込み、代わりに携帯電話を取り出すと、それを握り締めて、そっと部屋を抜け出した。
同じデザイン、同じ色調の扉と、それがどこまでも続く廊下。方向感覚を狂わせる同じ景色の連続と、警備員らしき見回りの目をどうにかやり過ごして一階へと移動すると、窓の鍵を外して屋外へと飛び出した。照明の少ない場所から塀を乗り越え、そこでほっと、安堵のため息を洩らす。
無情にも「圏外」と表示された携帯電話を恨めしく眺めてから、悠樹はその僅かな照明を頼りに目の前に広がる森へと踏み出した。