暁姫-2
そんな悠樹の様子を見かねたのか、アリアは言葉を続けた。
「殿下にかけられた不幸の呪いは国を滅ぼすもの。殿下は、呪いを解く暁姫を眠って待ち続け、訪れた暁姫は殿下の呪いを解き、深き眠りから覚めたセルナディアはさらなる発展を迎える。私は、暁姫は殿下と共に国を繁栄に導いてくださる存在、つまりは妃殿下になられる方なのだと、幼い頃よりそう聞かされておりました」
(つまり、その暁姫や王子に恋人がいようが関係なく二人を結婚させようって話が、子供の頃からあったわけね)
救国の英雄を王女の婿にする、とはおとぎ話によくあるハッピーエンドだ。だが、いざ自分自身の身に降りかかってみると、あまりに人権と現実を無視していると言わざるを得ない。
「ただ、殿下は暁姫をお妃様に迎えられるおつもりはなかったようなのです」
「え?」
「呪いを解いてくれるだけで十分。それ以上の重責を課すのは酷だ、と。その話を聞いた時とても残念に思いましたけど、お仕えする殿下が評判どおりのお優しい方だとわかって、私うれしかったんです」
悠樹は人差し指を唇にあてて考え込んだ。アリアが語る話が本当なら、ファルシオは目覚めて突然心変わりをしたことになる。
(なんだってファル王子は急に結婚なんて……)
そう思いかけて、ファルシオの言葉を思い出す。
『この俺が責任をもって、お前を幸せにしてやる』
(責任、つまりは義務ってこと?)
思い至った結論にふつふつと怒りが再燃する。
(義務なんぞで結婚してたまるか、バカ王子!!)
ふいに浮かんだ怒りの表情に、アリアが恐縮しているのがわかって、あわててカップに手を伸ばしてそれを隠す。お茶の甘みに力を借りて頬を緩めると、また尋ねた。
「アリアも百年寝ていたの?この部屋に来るときに何人かとすれ違ったけど、その人たちも?」
「ええ。この屋敷だけでなく、国王陛下や王城にお住まいの皆様も眠りから覚めたと、先程知らせがありました。全部、悠樹様のおかげですわ」
そう言って頭を下げるアリアに悠樹はパタパタと手を振った。
「私本当に何もしてないって。今だって、なんでファル王子が起きたのか、全然わかってないし。」
「でも悠樹様は殿下の呪いを解いたのは事実ですよ?」
困惑した表情のアリアに、悠樹も困ったように笑う。
「私、術師とかいう子供に王子の部屋に連れて行かれただけなんだもん。ね、呪いを解く方法、何か聞いてない?」
状況を考えれば、ファルシオを起こした直接の原因は頭突きだろう。だが、呪いを解く方法が頭突きのはずがない。別の何かが、あの一瞬にあったとしか思えなかった。
「眠れる森の美女」「眠り姫」「茨姫」と呼ばれる物語にはいくつもバージョンがあります。
『王様は悲しみのあまり、城を出ました。お城にはお姫様だけが残されたのです』というものもありますが、ここでは、『王様もお城の人も、みんな眠ってしまいました』という物語をベースにしています。