解術 王女と術師の…-1
「っ、く……」
緩やかに体力を削っていく苦痛に、ゆるゆると意識が浮上する。ずくりと内部が痛むのはまだ肉体変化が終了していない証。そして、まだこの命が繋がっている証。
額にかかる髪をかきあげ上体を起こす。眩暈に揺れる視界の片隅にひどく懐かしいものが映った気がして、リジュマールは動きを止めた。瞳だけを動かしてそれを認め、大きく眼を見開く。
「っ、これ!」
はっとして顔を上げると、結界壁の向こうでフィルドがゆるやかに笑っていた。その、なんでもお見通しだといわんばかりの顔はリジュマールが何よりも嫌っているものだったが、今はそれどころではない。フィルドが仕種で示すとおり、リジュマールはその小箱に手を伸ばした。
それは、まだ幼い少女を残して逝かねばならないと嘆く王妃のために、その姿を現世に留めるために作った術具。
それは、まだ幼く母の温もりを覚えておくことのできない王女のために、母の面影を忍ぶことができるように捧げた術具。
『辛い時、寂しい時に箱を開いてください。あなたのお母様は、いつもあなたのそばにいるのだから。』と、そう言って。
思えばあれが、最初で最後の、プレゼントだった。
ゆっくりと、それを開く。
その瞬間。
さらりと金の髪が流れ、ふわりと花開くように彼女が笑う。
その美しい立ち姿に、幻覚を見ているのかと、そう思った。
『あなたが無事に戻ることを心から願っています。』
その美しい声に、幻聴が聞こえているのかと、そう思った。
思わず小箱を閉じ、それを抱え込む。肉体を苛む以上の苦痛が胸を締め付け、うまく息がつげない。震える肩を抑える術も持たず、リジュマールはただ、その小箱を抱えて蹲った。
「どうして、どうしてこんな……新たな記録は……王妃様のお姿を、消して、しまう……のにっ……」
小箱に収められていたのは、成長した王女エルシャの姿、彼女の声。それは即ち、今は亡き王妃の姿と、彼女が娘へ宛てたメッセージを消去して新たに記録しなおしたことを示している。
リジュマールは大きく息を吐き、顔を上げた。見える範囲にフィルドの姿がないことを確認して、もう一度、小箱の蓋に手をかける。エルシャにとって母親そのものであったはずの小箱を手放してまでも、伝えようとしていることを、彼は知らねばならなかった。