解術 術師の…-3
悠樹の言葉に、フィルドも頷く。
「…………わかった。」
イエルシュテインに赴いた悠樹が何を見つけたのかはわからない。だが、フィルドが助けられるのがリジュマールの肉体に対してのみである以上、リジュマールの精神に働きかけるモノがあるというのなら、それはフィルドにとっても試してみる価値はある。
「リジュに聞かせたい音を中心に空間を隔絶して。悠樹は結界の外。中に入っちゃダメ。」
『わかった。……えっと、拘束系でも平気?』
「中のモノを壊さなければなんでもいいよ。コレだって、僕が物と場所を特定するだけだから。」
『あぁ、そっか。』
術言が囁かれ、悠樹の隣に小さな結界が現出する。両の掌で支えられる程度の小箱のようだが、複雑な術式の気配にフィルドの顔に苦笑が浮かんだ。
「ずいぶん複雑な術具だね。キミが作った、はずないよね?」
『作ったのはリジュ本人みたい。私はその中身をちょっと書き変えただけ。』
「そう。で?これ、預かっていいんだね?」
『うん。……届いたら、リジュの傍で蓋を開けて。そうしたらきっと、リジュの力になるから。』
「はいはい。」
ふつりと会話用に繋いでいた空間を切り、代わりに悠樹の結界ごと小箱を引きよせた。静かになった室内で、悠樹の結界を解いて中から小箱を取り出すと、先程悠樹がしたようにそこにかけられた術式を読み解いていく。
(……過去の空間を切り取って閉じ込める、か。刻音に映像を追加したようなものかな。風属性は音声の拡声だから響鳴箱の役割か。これで、何が変わると言うんだろうね。あの娘は……)
くすりと笑い、手を翻す。その一瞬の動作で小箱はフィルドの手から消え失せ、結界の中で蹲るリジュマールの足元へと移動した。髪をかきむしるようにして身を伏せていた赤髪の術師はその小箱を視界に止めると、ピタリと、その動きを止めた。
信じられないと首を振り、はっとしたようにこちらを見つめる紅色の双眸に頷くと、フィルドはその箱を開けるように身振りで示した。
震える手が小箱に伸び、そして箱を開く。だがリジュマールはそれをすぐに閉じると、両手で抱えて胸に抱きしめた。俯いた肩が小刻みに揺れるのを見て、フィルドはリジュマールに背を向ける。
「悠樹……」
『フィルド!渡してくれた?!』
「うん……。キミの選んだ答え、正解だったみたいだよ。ありがとう、僕の暁姫。」
パタン、と後ろ手に研究室の扉を閉じ、フィルドはそこに背を預けた。快哉を叫ぶ少女の華やかな声を聞きながら、彼は独り、ゆっくりとその瞳を閉じた。