解術 術師の…-2
『フィルドっ!』
暁姫と呼ばれる少女の声が室内に響き、フィルドはぴくりと眉を動かした。少し前、自分を探す探索の風が国中を駆けまわっている気配はしたが、それははね退けたはずだ。彼女がこの場所を突き止めたとは考えにくく、それ故に彼女が次に選択した術に頭痛を覚えてしまう。
『フィルドーっ!返事してよー!』
「聞こえてるよ。……まったく、国中の結界すべてに向かって声を飛ばすってどれだけ無茶苦茶なことしてるの、キミは。」
『だって、フィルドと話したかったんだもん。』
「…………僕が忙しいの、知ってるはずだよね?」
不機嫌そうな声を出すのはわざとだ。悠樹は他人の感情の機微に鋭いほうではないが、術式の講義ではフィルドの怒りをきちんと理解していた。その時の記憶が恐怖として残っていれば、これで彼女は退くはずだ。
案の定、彼女の気配が不安そうに揺らめいた。だが、それも一瞬で元に戻り、再び国中に点在するいくつもの結界に向かって声を飛ばしてくる。
『知ってる。リジュを助けるんでしょ。それ私も手伝うから、フィルドは私を手伝って。』
強引な論法にフィルドは一瞬目を見開き、すぐに表情を戻した。悠樹の居場所を特定するとフィルドの側から空間を繋げ、全ての結界に向かって声を飛ばすことを止めるように伝える。
「とりあえず話を聞こうか。何をしたいの。」
『あのね、リジュに音を……声を届けたいの。』
「声?」
『そう。人ってね、眼が開かなくても、指一本動かせなくても、音は聞こえてるんだって。だから音を聞かせたいの。リジュにとって、このままこの世を去ったら未練になるような音を。』
「術師が縁起でもないこと言わない。」
『あ……ごめん。』
しゅんとうなだれた悠樹にフィルドは大きく息を吐きだし、そして彼女が話した内容を吟味する。
確かに、聴覚は母親の胎内の中にいる頃から発達する器官だ。それだけ生きる上で必要とされているわけで、リジュマールが問いかけに答えられないからといって聞こえていないとは言い切れない。
だが。
決めかねるフィルドの沈黙を察したのか、悠樹が押し殺したような息を吐くのが聞こえた。そして、その傍にいるもう一人の気配も感じられる。それが誰なのか、今悠樹がいる場所を考えれば、想像は容易い。
「見つけたの?」
『え?』
「リジュがこの時代に生きると決めた理由。生き続けることが苦痛だと、あの子にそう思わせた存在。……なんだか、わかった?」
『…………』
フィルドの問いかけに、今度は悠樹が黙り込む。良いだの悪いだのと後ろに佇んでいるのであろう人物と言葉を交わし、やがて頷く気配がした。
『…………うん。たぶん、間違ってない。』