解術 王女と暁姫の…-4
悠樹の背後で鍵を閉める音が響く。カーテンを引いたままの部屋は薄暗く、悠樹は足元に気を付けながら室内を進み、中央の応接セットのところで押していたワゴンを固定させた。
「カーテン開けてもいい?」
「いえ、明かりをつけますからカーテンはそのままで。」
「わかった。」
悠樹が頷くのと同時に部屋の明かりが灯る。天井の小型シャンデリアと壁やテーブルの上に置かれた燭台に揺らめく術具の明かりに照らされる部屋の様子に、悠樹はほっと息を吐いた。
以前、失恋が原因で部屋から出てこなくなった若菜を昭穂と宥めに行ったことがあったが、その時は普段の大人しい彼女からは想像もできないほどに暴れ狂い、彼女の部屋はまるで空き巣にでもあったかのような様相だったのだ。それに近い光景を想像していただけに、整然としたエルシャの部屋は、深い緑色を基調にしたインテリアと相まって非常に落ち着いて見えた。
「一応朝ごはん持ってきたけど、食欲がないならせめて水分だけでも取ってくださいって、ミアーナさんが。」
「そうですか……。でも悠樹様、まずはお掛けになって。」
ワゴンからティーポットを取り出しお茶の用意を始めた悠樹に、ショールを被ったままのエルシャが椅子を勧める。悠樹は自分の手元とそんなエルシャを交互に見て、すぐにティーセットを応接用のテーブルに移し始めた。勧められるままソファに座り、そのまま紅茶を淹れ始める。
そんなことはさせられない、というエルシャを適当にあしらいながら待つこと数分、芳醇な香りが周囲に漂い、二つのカップに琥珀色のお茶が注がれる。一つをエルシャに差し出して、悠樹はさて、と居ずまいを正した。
「昨日は通信に出られなくてごめんなさい。」
「いいえ、私のほうこそ申し訳ありませんでした。悠樹様のご都合も考えず、あんな時間に取り継ぎをお願いしたりして。」
ショールを外そうとしないエルシャに、悠樹は立ち上がるとワゴンからタオルを一つ取り出した。湧水の術言を詠唱すると柔らかなタオル地にひんやりとした水の気配が宿る。それを差し出しながら、悠樹はエルシャの向かいではなく隣に腰を下ろした。
「目、冷やしたほうがいいよ。」
「……ありがとう、ございます……あの、私……っ」
落ち着いた声音で話していたエルシャの声が突如揺れた。受け取ったタオルを顔に押し当て小さく肩を震わせている。悠樹は彼女の背を撫で、ゆっくりと息を吐きだした。