解術 王女と暁姫の…-2
空間転移でイエルシュテイン王城前へ跳んだ悠樹は、そこで待っていた王の侍従だという男に案内されて城内を進んでいった。長い廊下の先にある大きな扉の前に数人の男女が立っている。その中に見覚えのある壮年の男を見つけると、悠樹はついに走り出した。男も悠樹の姿に気付くと深い皺を刻んだ顔を下げた。
「暁姫殿、昨日は失礼をした。」
儀礼的な挨拶をすべて省略した彼に合わせて悠樹も小さく頭を下げるだけに留めると、緩く首を振った。
「いいえ。こちらこそ遅くなって申し訳ありませんでした。エルシャ姫は今……」
「部屋に閉じこもったきり、誰とも話そうとしない。」
「そうですか。」
頷きながら、悠樹の視線が脇に逸れた。扉の傍らに置かれたワゴンからは火属性の気配が漂っている。保温の術具、おそらく朝食が乗せられているのだろう。悠樹の視線を追ってアルマンも頷いた。
「昨夜から何も食べておらぬ。午後のお茶まではいつも通りだったと聞いているが、その後に一体なにがあったのか……」
「昨日の?……っ……」
アルマンの言葉に悠樹は息を飲み、その瞳を伏せた。
昨日の夕方。実際には昼過ぎだが、確かに事件は起きていた。そのことをエルシャが知ったのは、ローミッドが国王に、そして国王がイエルシュテインに伝えた後だったのだろう。
(『身分を持たないアルマン王の側近』……なんで気付かなかったんだろう。私の馬鹿!)
以前聞いたエルシャの想い人が誰を指すのか。ここに至ってようやくわかった自分の鈍さを呪いながら、すっと顔を上げる。アルマンを見上げ、不安を表に出さないように気を付けながらにこりと笑ってみせた。
「私が話してみます。申し訳ありませんが、皆さんはしばらくの間、この部屋から離れていただけますか。」
「そんな!私はここに残ります!」
「ミアーナ。」
年配の女性が非難の声を上げる。窘めるようなアルマンの声に、ミアーナと呼ばれた女性ははっとして口元を押さえ頭を下げたが、その一瞬に見えた彼女の瞳は真っ赤に充血していた。一睡もしないでこの場所に立ち続けるほど、エルシャの身を案じているのであろうその女性に、悠樹は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。……でも今は、エルシャ姫に近い人ほど、彼女を刺激してしまうと思うから。」
「……暁姫殿は、原因がわかっているのだな。」
小さく笑うアルマンを見上げ、悠樹は僅かに目を瞠った。