解術 術師の…-1
フェスタートとの通信を切り、フィルドは浮かべた笑みを瞬時に消した。左手の上で本を閉じ、右手に持ったチョークを放り投げると、書きかけだった青白い光を放つ床の上の術式陣を水で流し清める。
「死ぬなってさ。……僕らはまだ、償えていないらしい。」
感情のこもらない声で呟き、翡翠色の瞳を閉じる。
リジュマールがファルシオに不死の呪いをかけたと知った時、フィルドはすぐにその解術を試みた。だがそれは叶わず、結局多くの代償を支払ったにもかかわらず発動を遅らせるだけに留まった。
その時フィルドは、セルナディア国王夫妻に自身の断罪を願い出た。弟子の不手際の責任をとると告げる彼に、フェスタートはいつもの温厚な表情を崩さなかった。
「息子もお前も生きている。生きてさえいればなんとかなる。……なんとかすることこそお前の贖罪と考えろ。それまで、死ぬことは許さない。」
平伏するフィルドにそう言い、幼くなった姿を懐かしいと笑う。そんなフェスタートのために、今まで尽力してきたと言っても過言ではない。
『ファルシオにかけられた不死の術を解ける人物を見つけ、セルナディアを復興させる』
自身に課した命題を支えに長い年月を過ごし、そして悠樹を見つけた。だが彼女はなかなか不死の術を解いてはくれず、ようやく解いたかと思えば拉致され、フィルドの僅かな隙をついて元の世界へ送還されてしまった。
またしても、自分のミスがファルシオを苦しめることになった。だから、というわけではないが、再度断罪を願い出たフィルドに、彼は笑った。
「生きてさえいればなんとかなる。大丈夫だ。」
彼の父親と同じようなことを言うファルシオに、フィルドは次なる命題を自身に課したのだ。
『悠樹をもう一度この世界に呼び戻す』
そのために生を繋ごうと決め、事故の瞬間に発生する膨大な量の時間属性の気配を待っていたフィルドの前に、悠樹は自力で現れた。事故に遭う前に記憶と術師としての能力を取り戻した彼女にはさすがのフィルドも驚いたものだったが。
そこまで記憶を辿り、フィルドは瞳を開いた。翡翠色の瞳に、結界の中のリジュマールの姿を映す。
『一人で生き続けられるほど私は強くない』
先程、彼はそう言った。おそらくは無意識だろうが、術師の前で術師自身がそのような弱音を吐くという危険を冒してしまうほどに、失うことを恐れる存在が今、彼のそばにいる。そしてその人物も、きっとリジュマールのことを同じように想っているに違いない。
リジュマールは眉を寄せ固く瞳を閉じている。一時的に痛みが引いているようだが、すぐにまた激痛が彼を襲うはずだ。結界内に満たしたフィルドの術力が緩衝材となって術の反動を押さえているとはいえ、肉体の一部を切り取り、入れ替えて接合するなどという無茶な術式が与える苦痛をすべて取り除くことなどできない。耐えられるかどうかは、リジュマール次第だ。
それでも。
「約束しちゃったんだ。……だからリジュ。キミにも生きてもらうよ。どんなことをしてもね。」
(フェスタートは僕を許していないんじゃない。怒ってさえいないんだ。だからこそ、僕は自分を許せない。……生きろというなら生きてやる。生かせというなら生かせてみせる。なんとかすることこそ、僕の贖罪だから。)
『これ以上、あの術のせいで苦しむ人を作らない』
自身に課した最も重い命題を背負い、フィルドは一人、術の詠唱に入るため精神を統一させた。