解術 王と術師の…-2
セルナディアに属さない唯一の術師としてリジュマールの希少価値は高いだろう。だが、一人の家臣のために頭を下げられる王は多くはない。特に、その強さを誇示することで大国と渡りあってきたイエルシュテインの過去を思えば、その行動が持つ意味は大きい。そして、そのことをアルマンが知らぬはずがない。
だがアルマンに躊躇はなかった。あの時の彼はイエルシュテインの国王ではなく、リジュマールの身を案じる一人の人間として、フェスタートの目には映った。
ファルシオに術をかけた自分を責め続け、ついには出奔してしまったリジュマール。彼を救えなかったフェスタートにとっては、主従を超えてリジュマールの身を案じるアルマンと、辛い過去の全てを話せるほどにアルマンを信頼しているリジュマールの関係性こそが、何よりも得難いもののように思われた。
フェスタートは立ち上がり、サイドボードに置かれた響鳴箱を手に戻ると、戸棚から刻音に似た四角い石を取り出した。それを響鳴箱へ落とし、十分に回転したところで口を開く。
「フィルド。」
『何。今忙しいから、くだらない用なら後にして。』
つっけんどんに答えるのはしばらくぶりに聞いた友の声。息子の誕生を共に喜んでくれた、あの頃の彼の声だ。
フェスタートは一瞬目を見開き、深く息を吐いて動揺を抑え込んだ。そしてできるだけ真剣な声に聞こえるよう、注意して言葉を発する。
「死なせるなよ。」
『……人の行き死には僕の範疇じゃない。でも、そう思うなら邪魔しないでくれる?』
不遜な話し方は二人の時だけのもの。フィルドが、フェスタートの友として在ることを己に許している時だけの口調だ。だがフェスタートはそこに潜む不自然さを感じ取ってその顔に険を宿らせた。
「フィルド・ローラン。命令だ、決して死なせるな。お前が死ぬような方法を選ぶことも許さぬ。」
「…………」
響鳴箱は沈黙したまま答えない。それはフェスタートの予想が的中していたことを示しているのだろう。沈黙が、長く続く。フェスタートも黙って、嘘が言えない男の返事を待ち続けた。
やがて――
『御意に。陛下。』
ため息に似た笑いと共に声が届き、フェスタートの脳裏ににやりと笑って跪く術師の姿が浮かんだ。
自信家で、それに見合う実力を持っていて、故に苦悩も多かったはずなのに一切愚痴らしきものを言わない術師、フィルド・ローラン。彼が請け負ってくれるだけで、フェスタートは安心できた。それは今も昔も変わらない。
「その言葉、必ず守れよ。」
『我が王よ、お忘れですか?……私は決して言を違えない。例え如何なる事があろうとも、ね。』
小さな含み笑いと共に聞こえてきたのは、あの一件以来聞くことがなくなった彼の口癖。その言葉に、フェスタートも頬を緩める。
この調子なら大丈夫だと確信して通信を切ろうとした時、また共鳴箱が彼の声を伝えてきた。
『フェスタート。』
「なんだ。」
『約束は守る。だから、キミんとこの息子の嫁、僕に譲ってくれない?』
「……やらん。」
憮然として答えると、あはははと笑う声を響かせて向こうから通信が切られた。
フェスタートは浮かび上がった双方向通信用の術具を握り、瞳を閉じる。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。