解術 王と術師の…-1
『リジュマールが…………そうですか。』
磨きこまれた鏡の中で、イエルシュテイン国王アルマン二世が深く頷く。そこに浮かぶ安堵の色を見てとって、セルナディア国王フェスタートは複雑な心中を隠して目尻を下げた。
『亡き父はあれを残して逝くことを最期まで案じておりました故、存命なれば喜んだでしょう。』
「左様でしたか。しかしそれはアルマン殿も同じご様子。」
『はは、確かに。……だが、同時に性別が変わるとなれば、国中が大騒ぎになりそうだ。男共がショックで死なぬよう、今のうちに話しておくとしましょうかな。』
「彼は元々中性的な顔立ちでしたから、外見上はさほど違和感はないでしょう。それ故に衝撃が大きいかもしれませぬな。あの時の、我が国の女性たちのように。」
『それは……どうしたものか。』
おかしそうに笑うアルマンにフェスタートも笑い返し、だが次の瞬間、その顔を強張らせた。
『あれは生きて戻れそうですか。』
アルマンの表情は変わらない。笑顔のまま、ただ瞳だけが強い光を放っている。フェスタートはすぐに表情を取り繕うと、何気ない様子で問い返した。
「どういう、意味ですかな?」
『私は術とやらに関しては素人だが、性別の変更が簡単なものではないことくらいは想像がつく。おそらくは、命にかかわるほどのことが起きているのではありませぬかな。』
アルマンの言葉は質問ではなく確認だ。その眼光の強さも、ある程度の知識と覚悟を持っていることを示している。フェスタートは瞳を閉じ、大きく息を吐いてから鏡の向こうの男を見返した。
「どうなるかはまだわかりません。……だが前回、彼が生還するとは誰も予想できなかった。それほどの苦痛が彼を苛んだのです。」
『なるほど。だからあれの師である術師が自身の禁忌を冒したというわけですか。あれの回復が見込めないからこそ、無理をおしたと。』
「……すでに彼からお聞きのようですな。概ねその通りでしょう。彼も術師、嘘は言えぬはず。」
『あれの話は主観が入りすぎている。全て事実とは思えませんがな。』
ふ、と声を出して笑うと、アルマンはすぐに表情を改めた。口を固く結び、視線を落として頭を下げる。
『リジュマールのこと、よろしく頼みます。』
「……顔をお上げください。彼も、私の術師も全力を尽くしています。ですからあなたも彼を信じておあげなさい。主としてではなく、今のお気持ちのままに。それがきっと彼らの力になります。」
『フェスタート殿……』
心なしか震える声を押し殺し、アルマンは再び首を垂れた。それを最後に通信は途切れ、鏡にはフェスタート自身の姿が映る。
「良い主と巡り会えたな、リジュマール・カナン。」
思わず零れ落ちたのは、心からの言葉だ。フェスタートは背もたれに身体を預けて大きく息を吐いた。