解術 王子と暁姫の…-3
気になる単語は一つではなかったが、悠樹は自分の危機回避能力を信じて、一つをスルーし、もう一つの単語についてのみ声を上げた。
「浮気なんてしてない!」
「だがリジュマールとキスしたんだろう?」
「あ、ああああれはキスじゃないもん!解術だもん!」
「では、リジュマールには触れていない、触れられてもいないと言えるか?」
「う……」
必死の言い訳もファルシオには届かない。涙が滲みそうになるのを堪えて、どう説明すればいいのかと思案する悠樹の耳に、ファルシオのため息が聞こえた。
「……暁姫悠樹。俺にもその解術とやらを頼みたい。」
そう言ってファルシオは身体を離した。悠樹に背を向け、対応用のソファまで移動するとそこに腰掛ける。
「悠樹に触れた者すべてを許せなくなる呪いに侵された。気が狂いそうな俺を救ってくれ。」
意地の悪い笑みを浮かべてはいるが瞳は真剣そのものだ。
ファルシオの要求を正確に理解して、悠樹の頬が染まった。視線を逸らし、あー、うー、と意味を成さない言葉を発した後、ちらりと一メートルほど隣を見た。そこには廊下へ続く扉がある。今そこに飛びつけば、部屋の中央に座るファルシオに妨害はできないだろう。
だが。
「…………バカ王子。」
気づけば、悠樹は扉に背を向けて歩き出していた。ソファに深く腰掛けて自分を見上げる男の前で立ち止まり、その両肩に自分の手を置く。
「ファル、三年で性格変わった。」
「そうか?」
「前はこんな意地悪言わなかったもん。」
囁きながら腰をかがめていく。さらりと落ちた髪をファルシオが掬い、赤く染まった小さな耳にかける。そのまま後ろに回された手に誘われるように、悠樹はそっとファルシオに口付けた。
ふわりと触れてすぐに離れると、数センチの距離で金に近い茶色の瞳が切なそうに細められた。
「言わなかったんじゃない。言えなかったんだ。……何か言えば、またお前を傷つけてしまいそうで怖かった。」
「……バカ王子……」
もう一度、そう呟く悠樹の口唇にファルシオのそれが重ねられる。悠樹は無意識のうちにファルシオの背に腕を回していた。
一方、ファルシオは。
(あの二人の行いは許しがたいことではあるが……たまには悪くないな、こんな日も。)
暁姫の“解術”によってすっかり機嫌を直していたのだが、それを表には出さないまま。期せずして転がり込んできた幸福の大きさに、一人、密かに快哉を叫んでいた。