解術 王子と暁姫の…-2
何より、とローミッドは瞳を伏せる。
幼少の頃から仕えている主が、これほど冷たい声で自分に指示を出したことなどない。今の彼に異を唱えるなど、ローミッドには到底できないそうになかった。
「じゃ、じゃあ私も一緒に行くね。そのほうが説明―」
「駄目だ。悠樹は残れ。」
「え、いや、でも……」
助けを求めて見上げたローミッドは、ほんの一瞬、憐憫の情の浮かぶ瞳で悠樹を見たが、すぐに深々と頭を下げて退室した。音もなく扉が閉められ、部屋には悠樹とファルシオだけが残される。ローミッドと彼の侍従の気配が周囲から消えれば、まさに二人きりの状態だ。
「さて。」
ファルシオの言葉に悠樹の肩が揺れた。先程からファルシオは微動だにせず、悠樹に視線を合わせたままだ。悠樹は蛇に睨まれた蛙よろしく、これまた一歩も動けない。
「説明してもらおうか。」
「ななななな何を。」
「どうやって、リジュマールの術を解いたんだ?」
「ど、どう……って」
カタン。
音を立ててファルシオが立ち上がる。大きな執務机をゆっくりと回り、悠樹へと近付いていく。それに合わせて、悠樹も少しずつ後ずさり、二人の距離はなかなか縮まらない。それがさらにファルシオを苛立たせているのだが、そんなことを悠樹が知る由もなかった。
「だってね、不老の呪いって、仲のいい人も悪い人も、みんながおじいちゃんになって、死んじゃっても自分はそのまま生き続けるんだよ。リジュはずっと一人で生き続けなきゃいけなくて、シィンみたいに気が狂うかもって―」
「それはわかっている。だからこそ俺にかけられた術も“死にも勝る不幸の呪い”と言われたんだ。だが俺が今訊いているのは、リジュマールの術を解いた理由じゃない。方法だ。」
じりじりと後退する悠樹の背中が、軽い衝撃と共に壁にぶつかる。はっとして後ろに目を向けた、その一瞬でファルシオが距離を詰めた。顔の両側にファルシオの腕が伸ばされる。壁と彼の身体に挟まれるように閉じ込められて、悠樹の鼓動が跳ね上がった。
「ファル、あの、離して。」
「俺は悠樹に触れていないぞ。」
「でも、これじゃ動けないよ。」
「俺の質問に答えもしないでどこに行く気だ。」
とりつく島もない、とはこのことだろう。
まったくかみ合わない会話に悠樹は黙り込み、ファルシオは彼女の顔を覗き込んでため息をついた。
「言っておくが、俺は狭量な男ではないつもりだ。三年も俺のことを忘れていた女を待ち続けていたくらいには気が長いと思っている。」
(今それを言うのは卑怯だっ!)
心の中だけで反論するが、それを口に出す勇気はない。早鐘を打つ心臓をなだめながら、こっくりと頷いてみせる。ファルシオはそれを見下ろして、また目を細めた。
「だが、間男の存在を許容できるほど博愛精神に溢れているわけでもない。」
「ま……間男って何。」
「妻の浮気は許さないと言っている。」
ガン、と脳天を殴られたような衝撃に、悠樹の思考が一瞬停止した。




