解術 王子と暁姫の…-1
「どこに行っていたんだ。」
屋敷に戻った悠樹を迎えたのは、不機嫌を隠そうともしないファルシオだった。彼は燃えるような怒気を放ちながら絶対零度の視線を彼女に向け、表情を消した能面のような顔でそう尋ねた。いつもならそんなファルシオを窘めるローミッドも、今は何も言わず、微妙に頬を引きつらせて主の後ろに控えている。
ファルシオの様子に悠樹もその顔色を変えた。悠樹は、不意打ちとはいえファルシオの目の前でフィルドにキスされ、しかもファルシオを放ってそのフィルドの後を追って空間転移を行ったのだ。彼が怒らないはずがない。
そのことにようやく思い当たって、彼女は引きつった笑みを浮かべた。
「え、えっと、フィルドのとこに……?」
「ほう?それで、あの男はどこだ。」
「自主的に謹慎しますって。」
「……逃げたか。」
あのやろう、と彼らしからぬ言葉を吐き出したかと思うと、ファルシオは黙り込んだ。
悠樹は恐る恐る、フィルドはファルシオの怒りが解けるまで自主的に謹慎するということと、リジュマールが当分戻れないことをアルマン王に伝えて欲しいという、彼からの伝言を伝えた。
その話に、ファルシオが眉を寄せる。
「リジュマールが戻れない?なぜだ?」
「肉体変化が起きたって言ってた。リジュ、男に戻れるかもしれないんだって。」
フィルドから話が逸れたことにほっと安堵の息を吐き、悠樹の顔が明るくなる。声も明るく答える彼女とは反対に、ファルシオの顔は更に険しく、ローミッドの顔は更に引きつっていく。
「なぜ、リジュマールが男になるんだ?」
「あれ、ファルは知らなかったんだっけ?リジュは元々男の人なんだよ。シィンのせいで女になっちゃってただけで。」
「それは知っている。だが俺が訊いているのは、どうやったらリジュマールが男に戻るのかという話だ。」
「だから解術―」
言いかけて、悠樹が口を閉ざした。しまった、と大きく顔に書いて、後ずさる。
そんな彼女の様子に、ファルシオは顔の前で指を組んだ。視線を悠樹に固定したまま、背後に控える執事の名を呼ぶ。
「ローミッド。」
「はい。」
「悪いがリジュマールの件、アルマン殿にお伝えしていただきたいと父上に直接話してもらえないか。ついでに、フィルドの謹慎もうまく報告してきてくれ。」
「わかりました。」
「それからサーバントも全員引き上げさせろ。今日はもう、用はない。」
「それは……承知いたしました。」
諌めようとした言葉を途中で飲み込み、ローミッドは頭を下げた。
この程度の話、普段なら通信用術具ですませているところだ。それをわざわざローミッドに行かせ、さらに侍従まで下げるのは人払いに他ならない。刻限を決めずにそのようなことを命じるのは、今日はもう執務を行わないという意思表示だろう。
その全てを理解し、敢えてローミッドはそれを諾とした。今、彼に仕事をさせたところで、充分な成果を出せるとは到底思えない。それは、悠樹がフィルドを追って姿を消したこの数時間のファルシオを見ていれば明らかだった。