解術 術師たちの…-4
悠樹の顔が、これ以上ないほど赤くなり目が大きく見開かれる。そのまま硬直した悠樹に構わず、リジュマールは瞳を閉じてそっと彼女に口付け、すぐにその手を放した。
時間にすれば一秒にも満たない接触だったが、それは紛れもなくキスと呼ばれる代物で、はからずもその一部始終を見開いたままの瞳で見ることになってしまった悠樹が、へにゃりとその場にへたり込む。
その目の前でリジュマールもがくりと膝をついた。
「く、あ、あ、ああああああっ!」
苦し気な声に、我に返った悠樹が肩を落とす。
「あのねぇ、いくら不本意な相手だからってそれはさすがに失礼な反応じゃない?!…………て、リジュ?!」
キスした相手に呻かれるという不名誉な出来事に文句を言いつつ、顔を上げた悠樹の顔が赤から蒼白へと色を変える。そこには喉を押さえ、胸元を掻き毟り、地に倒れてもがき苦しむリジュマールの姿があった。
「嘘、うそうそ、なんで?!リジュ、どうしちゃったの?!」
助け起こそうと伸ばした手はリジュマール自身によってはねのけられた。彼女は自分の身体を抱くように腕を回し、握りしめたその先で爪が皮膚を裂き血を滲ませている。
じっとその様子を見ていたフィルドは、ゆっくりと彼女に近づくと、ふっと口角を上げた。
「暁姫って僕のでまかせだったはずなのに。名が持つ力も伊達じゃないってことかねぇ。」
「え?」
感心したような声に振り仰げば、フィルドはリジュを結界で覆うとそれごとふわりと宙に浮かせた。同時に彼女の悲鳴のような声は聞こえなくなったが、苦悶の表情はそのままで、噛みしめた唇からも血が滲んでいるのが見える。
「ファルとアルマン王に伝言を頼めるかな。僕とリジュはファルの怒りが鎮まるまで自主的に謹慎します、探さないでくださいって。」
見慣れた翡翠色の瞳が細められ、その顔に苦笑が浮かぶ。そこに浮かぶ常にない緊張感に、悠樹の眉が寄る。
「何を急に、リジュはどうしちゃったの?」
「解術成功ってところかな。……肉体変化が始まった。でもこれ、見てて気分のいいものじゃないだろうし、うるさいし、周りに心配させるし。だから、症状が収まるまで僕が預かるよ。じゃ、よろしくね。」
そう言ってフィルドはリジュマールと共に姿を消えた。二人の気配はぷつりと消え、術の軌跡も残っていない。悠樹が追えないよう、フィルドが細工をしているのは明らかだった。
一人取り残された悠樹はしばらくその場に座り込んでいたが、じわじわと、その顔に笑みが昇り始めた。
「……ってことは、男に戻るの?」
絶世の美女であるリジュマールが男に戻る。それはそれでなかなかに興味をそそられる出来事だ。なにせ、他人の容姿になんか全く興味のなさそうなあのフィルドをして「かっこいい」と言わしめたほどなのだ。
「男には戻らないって言ってたけど、戻れるかもってことだよね。ものすごく苦しそうだったけど……リジュ、頑張れー!」
悠樹は拳を突き上げ、彼女から彼へと変化しているのであろうリジュマールに声援を送るのだった。