解術 術師たちの…-1
ファルシオの怒声で我にかえった悠樹は、動揺しながらも慌てて探索でフィルドの気配を追った。普段、フィルドはその気配を消している。術の講義の時はわざと術の軌跡を残しているが、それ以外の時は居場所の特定は難しい。だが今なら、フィルドの身体から放たれた膨大な量の時間属性の気配が彼の居場所を教えてくれている。
「我は求める、空間の扉。求める地は古の森、鏡の滝前。 道を繋ぎ我を導け。」
小声での詠唱を終えると、周囲の景色が一変した。
目の前には、その名の通り鏡のように悠樹の姿を映す滝が流れ落ちている。正確に滝の前に空間転移した悠樹は、腰まで水につかった状態で左右を見回して、この地にいるはずの人物を探した。
「フィルド、どこ?……え。」
ざぶざぶと音をたてて岸に向かおうとすると、くるんと風属性が周囲を取り囲んだ。そのままふわりと悠樹の身体を持ち上げると、水面へ、そしてそのさらに上へと悠樹を運ぶ。一瞬にして乾いた服と髪を撫で、行先を確かめるように振り仰げば、滝の上に緑色の袖から覗く白い手が見えた。悠樹を導くようにふわふわとゆらめくそれは、悠樹が同じ高さまで上昇したところでその全貌を現した。
岩に腰掛けているのは三十歳前後と思しき一人の男性。地面まで流れる癖のない髪は、頭頂から先端にかけて黒から明るい翡翠色へと綺麗なグラデーションを描き出している。薄い口唇はわずかに弧を描き、翡翠色の瞳は陽光を受けてきらきらと輝いていた。
「さすがは僕が選んだ暁姫だ。」
澄んだボーイソプラノから艶やかなテノールへ、舌足らずな間延びした口調はどこか気だるげな響きへと変化してはいるものの、それは間違いなくあの少年術師の声で、悠樹の目が丸くなる。
「……あなた、フィルド?」
「そうだよ。感想は?」
「…………子供の姿のほうがかわいかった。」
「僕にかわいいなんて言ったことなかったじゃない。」
くすくすと笑いながら男は立ち上がり、手早く髪をひとつに括り上げた。高い位置で結ばれた髪は流れるように彼の背に落ち、膝ほどの高さで鮮やかな翡翠色に輝いている。ぼうっとその姿に見惚れていた悠樹は小さく首を振って熱を払い、じっとフィルドの観察を始めた。
(術力は……確かに上がってる。でも、倍ってほどでもない。姿は戻っても、力は戻らなかったってこと?)
「術力も戻ってるよ。強すぎるのも不便だから、普段は術具で抑制してるんだ。」
「考えてることもわかるの?!」
「まさか。顔に書いてある。」
フィルドは上機嫌に言い、くるりと悠樹に背を向けた。