お茶会の誘いと晩餐会の記憶-5
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「じゃぁアルマン王が言っていた、“エルシャ姫がセルナディアの王子を見染めた”って話は……」
「お父様の勘違いですわ。」
あれから三年。父親の存在だけでなく、その美しさと聡明さからも求婚者が後を絶たないと噂されるイエルシュテイン王女エルシャはきっぱりと言い切った。
悠樹はぱかんと口を開き、晩餐会で別れたきり今日まで名前も知らずにいた彼女を見つめ、エルシャはそんな悠樹を見て小さくため息をついた。
「確かに、お会いした方が悠樹様だと伝えなかった私にも非はあります。でもあの晩餐会が暁姫様を王族に、つまりはファルシオ殿下のお相手として迎え入れるというお披露目の会だったことくらいわかりますわ。それなのに、その殿下へ縁談の申し入れなんて本当に何を考えているのやら。」
(あれってそういう会だったっけ?セルナディアの目覚めを周囲に知らせるためって言ってなかった?……ファル、あとでシめる。)
遠い目をして危険な思考を巡らせる悠樹には構わず、エルシャはお茶菓子を口に運んでいる。グラスに盛られた色とりどりのそれは少し固めのグミに似ていて、涼しげな色を投げかけていた。
「悠樹様とお話して、ファルシオ王子の目が確かなことはよくわかりましたわ。ですが、身分を持たない方をその功績一つで皇太子妃に迎えるというご決断が皆に受け入れられるセルナディアという国が本当に羨ましくて。」
「そんな大袈裟なものじゃないと思うけど。」
「……私がそれを望んでも、国が乱れてしまうだけなのですのよ?」
エルシャの目が切なく細められる。その表情は悠樹にも見覚えがあった。元の世界でもよく見る、想いを秘めた少女の顔だ。
「それって誰か身分を持たない人が好きだったってこと?あ、だから晩餐会とかで寄ってくる男が嫌だったんだ。」
「仰る通りですわ。どなたのご招待をお受けしても、そこに私が望む方はいらっしゃらないの。ひどいお話でしょう?」
にっこりと笑ってみせる金髪の美女は、優雅な仕種でカップに口唇を寄せた。含みを持たせたその口調と彼女の瞳は、その恋が終わっていないことを明確に告げている。敏感にそれを感じ取って、悠樹の目が輝いた。
「え、だれダレ誰?私が知ってる人?!」
「お顔くらいはご覧になったことがあるのではないかしら。父の側近ですもの。……でも、名前は申しあげられません。」
「えー、意地悪!教えてってば!」
「ダメです。またねって仰っていただいて、私は三年もお待ちしたのよ。悠樹様にも同じくらい我慢していただかないと、不公平ですわ。」
「ぅがーっ!エルシャ姫までそういうこと言う?!」
きゃぁきゃぁと賑やかな声がイエルシュテイン王城の中庭に響きわたる。
窓から入り込む声を聞きながら、アルマン王は三年経った今もまったくわからない娘の想い人の面影を探しながら机に積まれた書類に目を通し、ペンを走らせていた。彼のそばには、側近として確固たる地位を築きながらも、貴族としての身分は持っていない赤髪の術師が控えていたのだが。
彼がそのことに気付くのは、まだ当分先のことになる。
バックグラウンド補足:
アルマン王からエルシャの世話を任されたリジュマールは、彼女が思春期を迎える前に自分が元々は男であること、外見は変わっても精神的には男のままであることなどを告げ、彼女との間に一線を引くようになりました。
エルシャは、自分に優しかった綺麗なお姉さんが実は男だった、という事実に最初こそショックを受けたものの、急に離れてしまった彼を追いかけているうちに恋を自覚するという、少女マンガの王道を突き進んでしまい、今に至ります。
ええと、一応断っておくと、ガールズラブではありません。