お茶会の誘いと晩餐会の記憶-4
しばらくそうやって笑い続けていた二人は、やがて笑いを収めて顔を見合せた。少女は眼尻に浮かんだ涙を指で払い、手袋の指先を濡れさせて微笑む。
「よかった、あなたとは友達になれそう。」
「え?」
含みのあるような言い方に、エルシャはさっと顔色を変えた。乗せられるように鬱憤を口にしてしまったが、この場所にいるのだから彼女も招待客の一人だ。今の話を広められてしまっては、エルシャの、ひいては父アルマンへの風当たりが強くなってしまうかもしれない。
「あの、今の話―」
「悠樹様。」
ふいに、若い男の声がその場に割り込んだ。見れば、執事であろうか、招待客とは異なるがフォーマルな衣装に身を包んだ背の高い男がこちらへと向かっている。暗がりでもわかる銀色の髪と整った容姿は見覚えがあるような気がするが、何せ広間にいる人物には全く注意を払っていなかったエルシャには、それが誰なのかわかるはずもない。
そうこうしているうちに彼はすぐそばまでやってきてエルシャに頭を下げると、少女へと向きなおった。
「お話中申し訳ありません。そろそろお時間ですのでお戻りください。」
「はーい、わかりました。」
少女は手すりから背を起こし、手にしたグラスを一気に煽った。そして空になったそれを男に渡すとエルシャに笑いかける。
「今の話、二人だけの秘密だよ?……また会おうね。」
「え?え、ええ、また。」
バイバイ、と手を振り広間へと戻っていく少女は、別れの挨拶もエルシャの常識からは外れている。それでも嫌悪感は全くないのだから不思議だ。
「不思議な方。……ゆうき様、と仰っていたかしら。」
独りごちながら広間へ戻ると、彼女を探していたらしいアルマンが供を連れて近づいていた。
「どこへ行っていたのだ。」
「人に酔ってしまって……風に当たっておりましたの。」
いつものようにそう答え、エルシャは素早く広間を見回した。だがそこに、あの少女と迎えに来た男の姿はなく、彼女の表情に落胆が滲む。
「何か、あったのか?」
「……ええ。とても素敵な方にお会いしたの。今日はお父様とご一緒してよかったわ。」
晴々とそう告げる娘にアルマンが目を瞠る。アルマンの取り巻きも密かに視線を交わしあい、彼女にそこまで言わしめた人物を探そうとエルシャの視線を追い始めた。そして、次に彼女の視線が定まった時、その先にいる人物に目を見開いた。
彼女が見ていたのは、広場の上座に立つこの日の招待主。百年の眠りから覚めたセルナディア国王と皇后と――
「お父様……あの、あちらの方は……」
「セルナディアの王子だ。」
「いえ、そうではなく、殿下のそばの、あの女性です。」
「王家にかけられた呪いを解いた暁姫らしい。セルナディアの女神だ。」
「暁姫……暁姫悠樹様……。そう、あの方が……」
呆然と呟くエルシャを、アルマンと供の者たちは気づかわしげに見つめた。