お茶会の誘いと晩餐会の記憶-3
「珍しいデザインね。あなたの国ではそういった形が流行っているの?」
「ん?あ、ドレスのこと?私、裾が長いとうまく歩けないから、短いのじゃなきゃ出席しないって、……脅したら作ってくれた。」
こそりと囁き、少女は悪戯っぽい子供のような笑顔を浮かべた。エルシャは一瞬唖然として少女を見返し、次いで小さく噴き出した。
「ふ、ふふふふ、そういうドレスの強請り方もあるのね。」
「強請ったわけじゃないよ?本当に出席したくなかったんだもん。だから、この世界で非常識と言われるだろうなってデザインを言ったのに。」
え、と笑いを収めて少女を見ると、彼女は困ったように笑っていた。その表情は今までエルシャの周りにいた人々、エルシャの機嫌を取ろうとして滑稽な話を聞かせる人々とはとはまるで違う。どこか寂しそうで、何かを諦めていて、それでも諦めたくない何かを掴もうとしている。
それはまるで――
「それなのにその通りのドレス用意されちゃって、逃げられなくなって。仕方なく出席したんだけどやっぱりこういう場所は苦手で。……あなたも、そうなんじゃない?」
どきりと、エルシャの胸が音高く鳴った。
彼女の纏う空気が、表情が、まるで自分のようだと思った瞬間に言われたことに、返す言葉が出てこない。
「どうして……」
「わかったかって?苦手じゃなきゃ、こんなところに独りでいないでしょ。いい男探して歩き回るか、自分や自分の家を売り込むか。どっちにしても、広間にいるはずよ。」
飾り気のない言葉は容赦もない。言葉を失ったエルシャに構わず、少女はくるりと向きをかえ、手すりに背を預けるようにして広間に視線を向けた。
「化粧の濃いおねーさんに睨まれたり、見え透いたお世辞を言うおじさん相手に愛想笑いしたり。何が楽しいのかわからない。そう思わない?」
「……そうね。領民の血税で揃えた装飾品を自慢したり、次の政策には自分を登用してほしいとすり寄ってきたり。」
「女だからってバカにして知識を試すようなこと言ってきたり、わざと政治的な話をして追い払おうとしたり?」
顔だけをこちらに向けた少女の瞳が広間からの光を受けてきらきらと輝く。それはまるですべてを受け入れてくれる夜空の星のようで、エルシャは無意識のうちに深く頷いていた。
「ライバルの悪い噂話を聞かせてきたり、ありもしない手柄話を聞かせてきたり、誰と誰が密通しているらしいなんて、根拠のないデマを吹聴したり。」
「そうそう。もっと言っちゃえー。」
「私に縁談をすすめてみたり、お父様の威光にあやかりたい一心で愛を囁いてみたり。私自身に興味なんかないくせに!」
「あー、そっか。逆タマ狙いのボンボンもいるのか。それは嫌いになるよね。」
「嫌いにもなりますわ!……ぎゃく、たま?なんですの、それ。」
少女の聞きなれない言葉を問い返して、エルシャはふと我に返った。数秒前の剣幕が嘘のように消え、きょとんと瞬く。そんなあどけない彼女の顔を見て少女はぷーっと噴き出した。
「あはははははは、かわいい!めちゃくちゃかわいいー!」
「な、なんですの。そんな……顔を見て笑うなんて失礼ですわ。」
かあっと頬が赤くなるのがわかる。恥ずかしさを紛らわすように怒って見せるが、彼女はそれすらも可笑しいらしく、なかなか笑いを止めようとしない。
やがて、エルシャもその頬にうっすらと笑みを浮かべ、つられたように笑い出した。扇で口元を隠すことも忘れて肩を震わせる。
エルシャが社交場に出るようになってから数年。このような場で声を上げて笑ったのは初めてのことだった。