お茶会の誘いと晩餐会の記憶-2
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ふぅ、とテラスに出て息を吐く。広間からは影になって見えないであろう場所まで進んで、手すりに頬杖をつく。編みこんだ金髪を飾る生花を片手で押えて直し、もう一度大きく息を吐きだした。
(やはり来るのではなかったわ。)
百年とも言われる眠りの呪いに沈む王国、セルナディア。お伽噺だとばかり思っていたその王国が眠りから覚めたという話がイエルシュテインに伝わったのは先月のことだ。そして、その国から晩餐会の招待が届いたと知らされた時、思わず参加したいと言ってしまった自分を恨めしく思いながら、イエルシュテイン王女エルシャはため息をついた。
結局、場所が変わっても同じ風景の繰り返しなのだ。社交界と呼ばれるところは、人々の欲と虚栄心がうごめく場所でしかない。
セルナディアの術師と、彼らが作る術具は、今や人々の生活になくてはならないものだ。その利権が莫大な富を生むことは政治に疎いエルシャでもわかる。だがその利権を巡り、貴族たちが揃ってセルナディア国王に取り入ろうとしている姿は滑稽でさえあった。
それに交じって、父に媚びた視線を送り、彼女を欲の透けた目で見る男たちの姿もある。彼らのまとわりつくような視線を思い出してエルシャは身を震わせ、そして肩を落とした。
(……あの人のいない場所で、何をやっているのかしら、私。)
悲しくなって俯いた時、すっと隣に人影が現れた。慌てて振り返ると、そこには同じ年頃の少女が立っていた。なぜか両手にグラスを持ち、にこりと笑いかけてくる。
「こんばんは。ここ、いいですか?」
「え、ええ。」
「ありがと。よかったらどうぞ。」
にこりと笑って、少女は手にしたグラスを一つ、エルシャに差し出した。淡いピンク色の飲み物は先程広間でエルシャが口にしたものと同じだろう。可愛らしい見た目を裏切らない甘味を思い出し、エルシャの頬が緩む。
「いただくわ。」
「どーぞ。おいしいよね、コレ。私も好きなの。」
そう言って、少女は軽くグラスを持ち上げた。乾杯、と呟いて自分のグラスに口をつける。エルシャもその動作に合わせると、失礼にならない程度に少女を見つめた。
高い位置で結い上げて背中に流した夜空にも似た黒い髪と黒曜石のような瞳。顔立ちはこの大陸では見なれない幼さが残る丸顔で、ふっくらとした頬が象牙色の肌と相まって愛らしい。
だが、一際エルシャの目を引いたのは、彼女の衣装だ。光沢のある生地と透け感のある生地の二種類を重ねて作られたオレンジ色のドレスは一目で仕立ての良さがわかるが、デザインは若干奇抜だった。袖がなく、何層も生地を重ねてふんわりと形作られた裾は膝がかろうじて隠れる程度でしかない。
白い長手袋とストッキングで肌の露出は抑えられているものの、エルシャには考えられないほど露わなそれは、だがその少女にはよく似合っていた。