if 教授とお買い物-5
家族からの手紙を読んだあと、カザフリントの名を継ぐ二人は言葉を失い顔を覆った。マリーナの話ではミリアというのは彼女の曾祖母にあたる女性で、マリーナが子供の頃に亡くなったらしい。当時としては大変長生きしたというが、彼女の遺言でマリーナの娘は“ミリア”の名を受けた。
『会いたかったんだろうな、どうしても。次にカザフリント家に生まれる女の子に自分と同じ名をつけてほしいと願うほどに。』
マリーナは目を赤くして幼いミリアを抱きしめ、シルクはそんな二人を見つめて大きく息を吐くと、簡単な挨拶だけでその場を後にした。
古書店を出てからも、シルクは何も話さなかった。歩みに迷いがないことからどこかを目指しているのは確かなのだろうが、ただ黙々と歩き続け、気付けば二人は住宅街を抜けて小高い丘を登り始めていた。緩やかな坂道の両脇を飾る白い花が風に揺れ、微かな香りを振りまいている。
「すみません、何も説明せずに。」
ふいにシルクが立ち止まった。家族からの手紙と本を胸に抱える腕に力を入れ、言い出しにくそうに悠樹を見つめる。
「商店に行くとお約束したのに、気付いたらここに来ていました。」
「ん?別にいいよー。」
気にしないで、と手を振って前方に目を向ける。そこは悠樹の予想通りの場所だった。同じ形の白い石が並ぶ丘。この街を愛し、この街で生きた人々が眠る場所だ。
「家族に挨拶、するんでしょ?」
「ええ。・・・・・・悠樹様にとっては、その、つまらないと思うのですが。」
「そんなことない。シルクに助けられてますって、ちゃんと報告しないと。」
そう言って、悠樹はシルクの手を取って歩き始め、シルクもわずかに頬を緩めてその場所へと向かった。
カザフリント家の墓地は、その丘の中央よりやや東寄り、先程までいた古書店がある住宅街と森の向こうに王城が見える絶好のポイントにあった。日本の一般的な墓と同じく、セルナディアでも火葬を行い、遺骨を代々の墓に納めている。彼らは死してなお家族と共にあり、この場所から街を、遺してきた人たちを見守っている。あの手紙の送り主たちも、ここにいるのだろう。
シルクは膝をついて首を垂れ、悠樹は手向けの花を用意していなかったことを悔やみながら、彼女が普段そうしているように両手を合わせて黙祷を捧げる。
「最初は好奇心だったんです。」
やがて、シルクは立ち上がるとその場所を見つめ、誰に言うでもなく話し始めた。
「百年後、自分の家の周りがどう変わっているか見てみたいって。ただそれだけの気持ちであの場所に行きました。先程言ったとおり、少し補修の後が増えていましたけど百年も経ったなんて到底思えないほど変わっていなかったんです。」
ざわりと音を立てて風が吹き、木々を揺らす。悠樹は黙ったままシルクを見つめ、その視線の先で彼は目を細めた。