if 教授とお買い物-3
「全く。人が悪いですよ、マリーナ。」
グラスの水を飲み干してからシルクが呟く。この十数分でやつれたようにも見えるその顔を横目で見ながら、悠樹もグラスに口をつけた。レモン水のさっぱりとした香りと味が広がり、少しだけ冷静な自分が戻ってくる。
悠樹は一息ついてから、女性に頭を下げた。
「すみませんでした。勝手に、その・・・大騒ぎしてしまって。」
「いいのいいの、元々私がからかったようなもんだからさ。」
そう言って豪快に笑う女性に、先程までの泣き濡れた儚さは見受けられない。
マリーナ・カザフリント。シルクの弟の玄孫にあたり、代々、書籍の管理を生業にしてきたカザフリント家の現当主らしい。先程の少女は彼女の娘だというから、確かにシルクとは血は繋がっているが彼自身の子供ではない。
つい数か月前にファルシオと共に目覚めたシルクに、この年齢の子供がいるはずがないことは少し考えればすぐにわかることなのだ。そのことを指摘されて、悠樹の頬が赤く染まった。
「それで、本当に当時のものに間違いありませんか。」
こほん、と軽く咳ばらいをしてシルクが表情を一変させた。普段の彼とも、講義の時とも違う厳しさを宿した瞳が、まっすぐにマリーナに向けられる。彼女も笑みを消してシルクを見返して深く頷いた。
「倉庫の一番奥の床石が少し浮いていてね。剥がしたらその下から出てきたんだ。何代か前のじーさんが偽物掴まされていない限り、本物を隠したんだと思うよ。」
ほら、と差し出されたのは古びた紙の包み。それを受け取り、シルクは包みを開いて中の本をあらため始めた。悠樹も横から覗きこもうとしたのだが、ふと、本が包まれていた紙から感じる違和感にその動きを止めた。シルクの膝に置かれた包み紙を手にして、それをじっと眺める。
(なんだろう。時間属性の気配だけどなんか複雑。時間遅滞と状態維持の両方が使われてる?)
悠樹から見て、右側は状態を維持する時間属性の術がかけられている。折り目の跡から考えて、実際に本に触れていた部分と思われるから、包んだ本を傷めずに保管するための術に間違いない。
だが左側、包みの外側に当たる場所には別の術が残っていた。長い年月の中でボロボロに朽ちているが、そこにも確かに時間属性の残滓が感じられる。こちらは通常よりもゆっくり時間経過するように作られていているようだ。ある程度の古さがないと不自然に見える可能性を懸念した偽装の跡だろうかと思いつつ、首を傾げる。
(厚みなんかほとんどない一枚の紙の左右に、別の時間を流れさせるなんて・・・できるの?)
時間遅滞と状態維持の境界はすでに曖昧になっていて、悠樹の力ではこの紙に使われた術の特定はできそうにない。混ざり合った二つの術の気配に手をかざし、あ、と小さく声をあげた。
(これ、もしかして・・・)
悠樹は包み紙の四隅を注意深く指でなぞりはじめた。