if 教授とお買い物-1
パラレルifシリーズ、第二弾。「もしも最初に街に行く時の同行者が執事ではなく教授だったら」の巻。
教授のために用意した暁姫の外出エピソードは、元々こんな話でした。
ノートとペン。歴史書二冊とスキルフォート大陸の地図。
それらを抱えて扉を押し開くのは困難で、悠樹はいつものように学科棟の扉に背を向けた。寄りかかるように背中とお尻で扉を開けるという行為はローミッドに見られれば小一時間はお説教を聞かされるだろうが、ここは学科棟。彼の行動範囲から外れているのは調査済みだ。
だがこの日は少し違った。扉に触れるはずの両肩が、がっちりと後ろから掴まれたのだ。
「ふぇ?」
仰ぐように後ろを見ると、そこに扉はなく薄紫の髪の向こうから藤色の瞳が優しげに細められていた。
「おはようございます、悠樹様。」
「お、おはよ・・・ござい・・・」
目を瞬かせる悠樹にふわりと笑いかけ、シルクは肩に置いた手をするりと滑らせた。そのままお腹の辺りまで下ろして交差させる。
「いけませんよ、そんなに無防備に男に背中を預けては。」
「え、いや、そうじゃなくて。」
背後から抱きしめられるような格好になっているのだが、悠樹はまだそれを理解できるほど状況を理解できていないようだ。シルクは小さく笑った。
「今日はどうされました?」
「どうって、歴史の講義・・・シルク、あの、離してくれない、かな?」
首を捻って後ろを見る不自然な格好に痛みを覚え、ようやく悠樹が状況を理解する。徐々に頬が赤くなり、視線がおどおどと泳ぐ様子を間近で堪能してから、シルクは拘束を解き首を傾げた。
「講義は午後からですよ?」
「そうなんだけど、ちょっと聞きたいことが・・・ってシルク?どっか行くの?」
向き直った悠樹の前に立つシルクは、光沢のある薄いグレーのダスターコードを羽織っていた。濃紺のストールは胸元で結ばれていて、縦のラインを強調したスタイルを演出している。
彼は上機嫌に笑みを浮かべると頷いた。
「ええ。街の古書店に。」
「古書店?」
「今朝連絡がありまして、探していた本が見つかったそうなんです。いやもう現存するものはないんじゃないかと諦めていたんですよ。八十二年前のカナカスタ政変当時の資料ですからね。」
ウキウキと話し始めたシルクの表情を観察する悠樹の笑みが深くなった。悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせると、彼の話を盛り上げるべく水を向ける。
「そんなに珍しいものなの?」
「それはもう。政変以前の記録書はすべて焼き払われ、今残っているのは当時の政権にとって都合よく改竄されたものばかり。ところが今回、焼失を免れた本が手に入ったそうなんです。」
「わぁすごい!私にも見せてくれる?」
「もちろんお見せしますとも。きっと、当時の書記官が命をかけて守―」
「一緒に見に行っていい?」
「もちろんです。・・・って、えぇっ?!」
「よっし、じゃあ行こう!」
片手を上げて宣言すると、悠樹は意気揚々と歩き始めた。向かうは普段外出の時に馬車が用意されるロータリー、そしてその先のまだ見ぬ街だ。
慌てた声で呼びかけるシルクの声は聞こえないフリをして、悠樹は湧き上がる笑みを顔中に湛えていた。