if 王子とお買い物-6
ぐ、と妙にくぐもった音が、静かになったその場に小さく響いた。音を発したのはミュズカという男ではない。胸に渦巻く怒りを忘れて吹き出しかけ、慌てて自らの口を押さえた悠樹だ。
(カッコつけて見忘れたかって、アンタは暴れん坊将軍ですかっ!)
油断すればにやけそうになるのを顔をしかめることで隠し、心の中だけで悶絶する。そんな自分を少女が不思議そうに見上げていることなど、悠樹が気付く由もない。
「知らん!貴様程度の男、俺の客には何人もいるんだ!」
(気付かれてない!気付かれてないよ!て言うかごめん。私さっき世界中が自分の事知ってると思うなって言っちゃった。ファルも勘違い男の仲間入り扱いだよ、絶対!)
咄嗟に俯いて笑いを隠し、プルプルと震えながら耐えていると、未だ悠樹の手を握り締めたままだった少女が小さく首を傾げた。
「おじさん、しらないの?このおにーちゃん、おーじさまよ?」
「「なに?」」
少女の言葉に、ミュズカとファルシオが同時に訊き返した。目を丸くして少女を見おろし、少女は二人の男の視線を受け止めながらも臆することなく話し始めた。
「あのね、おばあちゃんのうちにいくとき、リノころんじゃって、おうまさんにぶつかりそうになったの。でも、おうまさんがびゅーんってリノをとびこえて、このおにーちゃんがいたくない?ってきいてくれた。」
少女の言葉にファルシオが小さく息を飲む。記憶を辿るように視線が宙に浮き、すぐにその表情を和らげた。
「でね。そのとき、このおにーちゃん、でんかってよばれてた。ママがおしえてくれたよ、でんかっておーじさまのことだって。だからおにーちゃんはおーじさまなの。そうよね?」
にっこりと笑う少女に、ファルシオは小さく笑って跪いた。彼女と視線の高さを合わせると、その頭を撫でる。
「もう膝は痛くないか?」
「うん!リノね、ちゃんとありがとういってなかったから、またあいたかったの。おーじさま、どうもありがとう!」
「そうか。怪我が治ってよかったな。」
ファルシオの顔にふわりと笑みが広がる。もう一度頭を撫でて立ち上がり、ミュズカに向きなおる瞬間に表情を張り替える。そうしてから、真っ青になって後ずさる男に一瞥を投げた。
「まさか、ファルシオ・・・王子殿下・・・で・・・?」
腰が抜けたように座り込んだ男を見下ろして、ファルシオが冷たく言い放つ。
「権力を笠に着る無法な行い、ここにいるすべての者が証人だ。専売許状の剥奪も含め、処分は免れぬものと覚悟せよ。」
男はぺたりとその場に座り込み、返事らしきものを呟いたようだった。だが、その声は周囲の歓声にかき消され、ファルシオたちの耳には届かない。
悠樹とファルシオは、驚きと喜び、そして事態収拾が遅かったことへの恨みなどの言葉を並べる街の人々の輪をかきわけて馬宿へと走り、早々に屋敷への帰路についたのだった。