if 王子とお買い物-4
「あなたがこの子を転ばせたのよ。ちゃんと謝って!」
もう一度、今度は怒りの感情を乗せて叫ぶ。だが男はバカにしたような笑みを浮かべて悠樹を見下ろした。
「俺は特別な人間なんだ。そんな小汚いガキに下げる頭などないわ。」
男が居丈高に言い放ち豪快に笑うと、ぷんとした酒のにおいがあたりに漂う。眉をひそめる悠樹を検分するように見て、手にした酒瓶をまた口に運んだ。
「そうだな、お前が酒の相手をしたいって言うんなら、考えてやってもいいぞ?」
「は?バカ言わないで。非があるほうが謝るのは当然のこと。そんなの、考えなくたってわかることでしょ。」
「なんだと!」
突然、男は酒瓶を投げ捨て悠樹との距離を詰めた。少女が怯えたように悠樹の陰に隠れ、悠樹もそんな少女を自分の背後に匿う。本当はこの男から遠ざけてあげたいのだが、今更それは叶わない。自分が守るしかないのだと覚悟を決める。
「貴様、俺が誰か知らないのか!俺は―」
「知らないし知りたいとも思わない!この世に自分を知らない人間はいないと思い込んでるなんて、どこまで自信過剰なの?!」
悠樹の啖呵に周りの人々の半分が顔色を変え、半分が囃し立てるように野次を飛ばす。男はぎらりと周囲を睨んで黙らせると、赤くなった顔で悠樹を見下ろした。
「小娘!なかなか良い身なりをしているが、どこの屋敷の者だ。」
「どこだって構わないでしょ、そんなの。今はそんなの関係ない。」
「そうはいかん。貴様は俺の顔に泥を塗ったのだ。主の名を言え!今後一切、家族も主も、貴様に連なる全ての者には術具は売ってやらんからなぁっ!」
男の言葉に悠樹は目と口を丸くした。
「術具を…?」
「そうだ!俺は術具販売店ドーソンの、ジェイド・ミュズカ様だ!お前が主の名を言わんのなら、この街の人間全員への販売を取りやめてやる!」
吠えるように言い切ると、男は自分の優位を確信した笑みを浮かべた。自分たちを取り巻く人々のざわめきに満足そうに胸を反らせる。
経営者としての才を疑うような台詞だが、一般の商店とは異なり術具は生活の必需品だ。男の言葉は、悠樹の世界でいう電気や水、下水道を一切使わせないと言われたに等しい。
悠樹は顔色を変えて男を見上げると、やがて唇を噛んで俯いた。その肩が小さく震え、悠樹の手を握ったままの女の子が不安そうに彼女を見上げる。野次馬からも男を非難する声が上がるが、男はそのすべてを黙殺して好色そうな目で悠樹を見下ろした。
「泣くほど嫌か?なら、貴様は今日から俺の―」
「・・・っざけるなっつーの。」
押し殺した声が、勝ち誇ったような男の言葉を遮った。