if 王子とお買い物-3
広場では、一人の大男が喚いていた。男がいるのは、先程悠樹が通った時に味見をさせてくれた肉屋の軒先だ。蜂蜜で甘く味付けられこんがりと焼いてある大きな肉は絶品で、行列ができていたほどだ。
だが今は、その男がいるだけ。皆、彼を避けるように遠巻きに見ている。
男は肉の塊にナイフを突き立て、勝手に切り取って口に運ぶと代金も支払わずに隣の店へと移動しかけて、ふいに足を止めた。
「あぁ?なんだこのガキ!」
その足元には、五~六歳ほどの女の子がうずくまっていた。男の視線にも気付かず、落としたらしい散らばった小銭を拾い集めている。
「邪魔だ、どけっ!」
男は片足を上げて少女の肩を踏みつけると、そのまま突き飛ばした。少女はころりと後ろ向きに転がり、一瞬の沈黙の後、大きな泣き声が響きわたる。
息を飲む音。女性の悲鳴。小さな声で交わされる非難の声。だが、誰ひとりとして、その男に文句を言う者はいない。
男は酒瓶を煽りながら、またフラリと別の店へと移動を始めた。
(なに、これ。どうして、みんな・・・っ!)
見かねた悠樹が飛び出そうとした時、誰かが腕を掴んだ。振り返れば、先程試作品だと言って飴をくれた菓子屋の女主人が心配そうな顔で首を横に振っている。
「ダメだよ。この街であの男に逆らっちゃいけない。」
「でも!」
「およしったら。いつものことさ。どうせすぐにいなくなる。・・・・・・それまで我慢するんだよ。」
ぐ、と悠樹を掴む手に力が入る。それが彼女の悔しさの現れであり、本心なのだとわかって、悠樹は彼女に笑いかけた。
「ごめんおばさん。私には無理。」
そっと押さえられた手を引き剥がして、力強く握る。目を見張る彼女にもう一度笑顔を見せて、悠樹は走りだした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ああ?!」
喧嘩ごしに呼びとめれば、赤ら顔の男はぐるりと首を回して振り返った。声の主を探すように周囲を見回し、女の子を抱き起している悠樹に視線を止めると、ふんと鼻を鳴らした。
「なんだ貴様は。」
少女のスカートについた埃を払い、先程もらったばかりの飴を彼女の口に放ってあげてから立ち上がり、悠樹は男を見上げた。
正直言えば、悠樹だって怖い。
大柄で、男で、酔っ払い。何一つとして、悠樹がその男に勝る身体的特徴などない。
それでも、いつものことだという女店主の言葉や、少女の泣き声が耳から離れないのだから―
(仕方ないじゃない。)
たった一言で自分の行動を理由づけて、ぐっとお腹に力を入れる。左手に握った少女の手の温かさに勇気をもらって、次の言葉を発した。
「この子に謝って。」
「はぁ?」
男が呆れたように聞き返す。
悠樹の脳内で、カチリと何かのスイッチが入る音が響いた。