if 王子とお買い物-2
「王子サマのお忍びって、本当にあるんだね。」
物語の中だけかと思った、と呟く悠樹の隣でファルシオが今日何度目かのため息をつく。
結局、城を抜け出して街に行くための衣装替えだと白状させられたファルシオは、自分も一緒に連れて行かないとローミッドに言い付けるという悠樹の脅しに屈するしかなかった。
二人は馬を走らせて城から一番近い街へと向かい、馬宿に馬を預けると並んで歩き始めた。
「そう洒落たものじゃない。治安に関しては身分を明かしていては正確に把握できないことが多いからな。」
「ふーん。・・・なら、ローミッドさんにもそう説明すればいいのに。」
「話したところで、あいつが素直に、ではお一人でどうぞ、とでも言うと思うか?」
眉を寄せるファルシオに、悠樹は苦笑で返す。
ローミッドのことだ、護衛をつけることだけは妥協しないだろう。だがそれではそれなりの身分だと言っているようなものだから、ファルシオとしては都合が悪い。どちらの言い分もそれなりにわかるだけに、ここは笑うしかない。
「それがあいつの仕事だから、仕方がないのはわかっているのだがな。それにしても過保護が過ぎる。」
そう言うファルシオの瞳は優しく温かい。文句のようなことを口にしながらもローミッドへの信頼が溢れているようで、悠樹はまた意地悪く笑った。
「はいはい、奥さんのノロケはそこまでにしてよね。」
「奥さ・・・悠樹!?」
「あははははは。」
笑いながら走り出す。ファルシオもその後を追い、二人は競うように商店が建ち並ぶ通りへと入って行った。
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最初は小さかった周辺の街がどんどん発展している、という話は聞いていたが、実際は話以上のようだと悠樹が思い知ったのは、ファルシオの姿を人ごみの中から見つけ出せなくなった時だった。
(ヤバイ・・・・・・ファルとはぐれた。)
お菓子屋で試作品をもらっている時は、隣にいた。おいしいと言いながら口元が引きつっていたから甘かったのだろう。
露天商が並べていたガラス製の髪留めを見ている時は、後ろにいた。安物だなんだと文句を言い、店主に睨まれた。
花屋で見たことのない植物に気を取られている時は、近くにいただろうか。馬で苗を傷めずに持ち帰れるかな、という独り言に返事があったような、なかったような。
いつ、ファルシオとはぐれたのかさえ、定かではない状況に、悠樹は一人青ざめた。心の中ではダラダラと冷や汗を流しながら、表面上はさりげなく人ごみを縫う。探索を使ってもいいのだが、これほど人の集まる場所で万一暴走したら、と思うと、とても術に頼ることはできない。
店を見てまわっているように装いながらファルシオを探していると、少し先にある広場から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。一方的に怒鳴っているのか、一人の男の声しか聞こえてこないが、悠樹は反射的に声のするほうへと向かっていた。