運命の鐘が鳴る
舞台裏編、その2。
前話とは違い、こちらは蛇足かもしれません。「そして新しい日常が始まる」の2と3の間、セルナディアです。
ごぉん、と大きな音が鳴り響いた。
二度三度と続けて鳴り響くそれは、数年前、この土地で眠る者たちに目覚めを知らせた鐘だ。
それと同時に、音の鳴る場所の近くで空間属性の気配が膨れ上がる。その巨大さに部屋の中央に立っていた数人の術師たちの顔色が変わった。
「こ、ここここれは一体―」
「・・・・・・自力で来たんだ。さすがだね。」
くすりと笑い、部屋の一番奥まった席から少年が顔を上げる。翡翠色の瞳を輝かせて窓へと向かうと、そこから見える一際高い塔に視線を向けた。
「王城、皇太子邸へ伝令。暁姫が再臨された。ああ、ついでに学科棟にも伝えてあげて。」
「え、暁姫様が?!それは本当ですか!」
「・・・僕の言葉を疑うなら、自分で気配を探ったらどう?」
歓喜のざわめきが一瞬にして凍りつくような言葉を男たちに向け、少年術師は再び窓へと意識を戻す。慌ただしく部屋を飛び出すいくつかの足音を聞きながら、そっと安堵の息をついた。
++++++++++
その音を耳にして、ファルシオは一瞬動作を止め、眼を見開いて窓へと駆け寄った。王城の一室からでは黎明の塔はその先端しか見ることができない。だが、そこに取り付けられた鐘は確かに揺れ動き、辺りにその深みのある音を響かせている。
「ファルシオ。」
背後からかけられた声にはっとして振り返り、ファルシオはすぐに頭を下げた。
奸臣を一斉に排し未だ混乱の収まらないルクスバードの復興に関して、父王と共にルクスバード国王と術具を介した会議の最中だということを思い出したのだ。
「大変失礼いたしました。ええと、ファルム公領の街道に設置する照明術具と避石の件でしたね。試算では―」
「早く迎えに行きなさい。」
緩く首を振る父王に言葉を遮られ、ファルシオは口を噤んだ。事情を知らないはずのルクスバード国王も、穏やかに頷いている。
『殿下のそのようなお顔は初めて拝見した。よほど大切な用なのでしょう。私に遠慮しているのならそのお気遣いはご無用です。』
「・・・ありがとうございます。」
深々と頭を下げ、顔を上げながら走りだす。両開きの扉を力一杯引いて廊下へ飛び出すと、少し前の自分同様、窓から外を見ているシェリスが視界に入る。
「黎明の塔へ行く。」
「!・・・はい。」
走りながら言えば、力強く返事をする騎士もまたその後に続いて走り出した。敷き詰められた赤い絨毯の上を駆け、優美な螺旋を描く階段を数段飛ばして降りる。
その様子を驚いたように見るメイドや近衛兵の視線をすべて無視して正面玄関へ向かえば、そこにはローミッドの姿があった。
彼はファルシオの姿を見ると扉を開き、片手で外を示した。
「馬の用意はできております。お使いください。」
「・・・礼を言う。」
恭しく頭を下げ、風のように駆け抜ける二人の男を見送る。顔を下に向けたまま、彼は誰も見たことがないような満面の笑みを浮かべていた。
やがて彼は表情を消して顔を上げると、ようやくロータリーに現れた馬車へ乗り込み、主の後を追った。
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カチリ。
鍵の外れる音が小さく響いた。ほんのわずかな音なのに、鐘の音に負けないほど大きくその耳に届く。丁寧に磨かれた鍵が結ばれたリボンを首にかけなおして、アリアは高くそびえる黎明の塔を見上げた。
少し前に突如鳴り始めた黎明の塔の鐘。鳴らす人がいないはずのその鐘は未だ鳴り止まない。
まるで誰かを待っているように鳴り続けている。
「“誰か”なんて、わかりきっていますけどね。」
小さな笑いと共に零れた言葉が、小さく震える。滲んできた視界をハンカチで押えていると、かさりと茂みが揺れた。
見れば、獣道のような小さな小路から息も絶え絶えなシルクが現れた。彼らしくなく、髪はバサバサで額には汗が浮いている。フラフラとアリアのそばまで来ると、力尽きたようにその場に座り込んだ。
「カザフリント教授?!まぁ、あの、どうしてそんな所から?」
「学科、棟、からだと、ここ、この、道がち、近い、から。」
「すぐにお水をご用意いたします。」
走り出そうとするアリアを身振りで止め、シルクはどうにか息を整えると首を振った。
「いいですよ、アリアちゃんだってここにいたいでしょう?」
「・・・・・・はい。ありがとうございます。」
大人の女性へと成長したアリアの、あどけなさの残る笑顔に若干苦しそうな笑みを見せて、シルクが立ち上がる。ふらつく彼をアリアが支え、二人は並んで言葉もなく塔を見上げた。
やがて、遠くから馬の足音が聞こえてきた。それはみるみる近づいてきて、木立の影から二頭の馬が、そしてそれに騎乗した二人の男が姿を現した。
まだ完全に停止していない馬から飛び降りてきた主に、アリアは頬を綻ばせて頭を下げる。
「鍵は開けてあります。殿下、どうぞ。」
「ああ。・・・シェリス。」
「ここでお待ちしております。」
「・・・すまない。」
軽く頭を下げて、ファルシオが塔の扉を開く。その瞬間、鐘の音が止んだ。
静かになった塔の内部にファルシオが入っていくと、その場に大きなため息があふれた。自然と息を詰めていた面々が顔を見合せて苦笑する。
「ようやく、ですね。」
「ええ。」
シルクの言葉にアリアが同意し、シェリスが頷く。
それ以上、何も言うことができなくなった彼らの胸には、それぞれの想いが巡っている。
いつの間にか合流していたローミッドも敢えて口を開こうとはせず、他の三人に倣って塔を見上げた。
++++++++++
「来たようだな。」
「うん。自分で道を拓いた。やっぱり潜在能力は恐ろしく高いねぇ。」
背後から響いた声に驚くことなく答え、フィルドはくるりと振り返った。部屋の入り口に立つ、赤い髪の美女に笑顔を見せる。
「わざわざ様子を見に来るなんて優しいね。リジュ?」
「シィンの暴走を見抜けなかった自分のせいだと、陛下はずっとあの娘の身を案じていたからな。・・・陛下のために、確認に来ただけだ。」
「ふぅん?・・・ま、そういうことにしておいてあげるよ。」
靴音を響かせながら近づいてくるリジュマールにもう一度笑みを見せ、フィルドはまた窓へと向きなおった。
「出迎えに行かないのか?」
「行くよ?でも一番は僕じゃダメだから、もう少ししたらね。」
「いいのか、それで。・・・気に入っていたんだろう?」
「なにそれ、ヤキモチ?」
くすくすと笑って、フィルドはらしくなく気を使う元弟子を見上げた。隣に立って窓の外を見る美女は、照れ隠しなのか拗ねたような顔をしている。
ふいに、鳴り続けていた鐘の音が止んだ。空気が震える余韻だけを残し、室内に静寂が戻る。
「確かに気に入ってたよ。あの才能は一目惚れと言ってもいい。・・・リジュとあの子だけだよ。僕をこんな気持ちにしたのは。」
ぽつりと、呟くように言うフィルドの言葉に、リジュマールが鼻で笑う。
「よく言う。私など、厄介者を押し付けられたとしか思っていなかっただろう?」
「僕、嘘は言わないよ。知ってるでしょ。」
「フィルド?」
「気に入ってるからこそ幸せになってほしい。あの子も、それからキミにもね。」
真剣な声色に言葉を返せなくなったリジュマールには構わず、フィルドは空間転移を唱えた。同時に、室内から二人の術師の姿が消える。
次に二人の姿が現れたのは、黎明の塔を見上げる四人の男女の背後だった。
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螺旋状の階段を延々駆け登る。
ファルシオを先導するように塔内の明かりが順に点灯して行く。塔に入るのと同時に鐘の音は止み、今は自分の荒い息と硬質な靴音だけが響いていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
塔に窓はない。
術具のおかげか空気が淀んでいることはないのだが、どこまでいっても同じ石の壁と階段が続くせいでどの程度昇ったのかはまったくわからなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・くそっ・・・」
悪態をつきながらも速度を緩めることなく駆け昇るファルシオの前に、木製の扉が現れた。迷うことなく押し開けば、陽の光に視界を奪われる。
数秒の後、目が慣れたファルシオの前に広がるのは塔からの景色だ。
ファルシオの屋敷、学科棟と術式研究棟、庭園と王城。それらを取り巻くのは、あの日に見たどこまでも広がる森ではない。
今や観光名所にもなっている古い佇まいの面影を残す旧市街、興行施設地区に商業地区、行政区に居住区。それぞれを結ぶ整備された街道はこの数年で作り上げた現在のセルナディアの姿だ。遠くに目をやれば、大河フィオルからひいた運河に入る船舶や霊峰ザナディアも望むこともできる。
それらを目にして、ふと、これを見た彼女は何と言うかだろうか、どんな顔をするだろうか、などと思いを馳せてファルシオは頬を緩めた。そしてテラスの先にあるこげ茶色の扉へと近づいた。
金色の取手に手をかけ、両開きの扉を押し開く。大きく重厚な外見に反してそれは簡単に開き、ファルシオは無意識のうちに息を詰めて、室内へと足を踏み入れた。
扉から続く、金糸で縁取りしたレッドカーペット。その先には天蓋に覆われた大きなベッドが鎮座している。高い位置にある天窓から陽光が差し込み、四本の金の支柱に支えられたベッドを照らし出している。
ファルシオが触れる前に幾重にも重なり合う天蓋は左右に開かれ、彼はようやく、そこで眠る人物と対面した。
夜の闇を思わせる深く艶やかな黒い髪。
それはあどけなさの残る顔を縁取り、さらりとシーツに流れている。
閉じられた目蓋を縁取る、髪と同色の睫毛は綺麗な曲線を描いて天を向き、決して高くはないが形のよい鼻がバランスよく中央に位置している。
本来の年齢よりも幼く見える表情は、わずかに開いたふっくらとした赤い口唇のせいだろう。
ファルシオの記憶と寸分違わぬ姿で、彼女はそこに横たわっていた。
「悠樹。」
名を呼び、ベッドに乗り上げる。動きに合わせてベッドが揺れたが、彼女は微動だにしない。胸の上で組んだ指がかすかに上下し、すぅすぅと規則正しい呼吸音が聞こえることから彼女が眠っていることはわかるが、それ故に不安が胸を過ぎる。
(百年の、眠りの呪い・・・・・・)
悠樹には、フィルドによる眠りの術はかけられていない。だがこの場所、この状況ではどうしても考えずにはいられなかった。
もしもこのまま、彼女が目覚めなかったら、と。
不安に駆られ、ファルシオは悠樹の頬に触れると覆いかぶさるようにその距離を縮めた。無防備に眠る姿に罪悪感を感じながらも、胸の内に生まれた衝動のまま、悠樹の口唇に自分のそれで触れる。
「ん・・・」
触れるだけのキスの後、彼女からあえかな声が発せられた。はっとして顔を上げるファルシオの前でぴくりと悠樹の指が動き、瞼が震え、ゆっくりとそれが開く。
ぼうっとあたりに彷徨わせていた視線がファルシオの位置で止まり、瞬きを繰り返すうちに徐々に光を取り戻していく。
そして。
ゆっくりと彼女は微笑んだ。
それはまさしく、彼の心に夜明けを告げる女神の微笑みだった。
伝令からの報告を受ける前に全員集合。
『そして新しい日常が始まる-3』では何気ない顔してたけど、王子的に暁姫の「すごい・・・」は「よっしゃ!(こぶしグッ)」な感じ。