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眠れる城の王子  作者: 鏡月和束
番外編 〜本編・舞台裏〜
125/166

光の壁の向こう側

舞台裏編、その1。

基本的に暁姫の視点で書いていたので入れることができませんでしたが、明らかに説明不足だった「決着-4」の裏側です。

「詫びるのはこちらのほうだ。すまなかった。」



イエルシュテイン国王アルマン二世が頭を垂れる。

これですべてが終わったのだとそれぞれの表情が緩んだ瞬間を見透かしたかのように、それは現れた。



「悠樹!」



地面を走る金色の光がまっすぐ悠樹へと向い、瞬く間に彼女を包む。

すぐさまファルシオが駆け寄ったが、光は物理的な強度を持って彼を阻んだ。

舌打ちして剣を抜き斬りかかる主に倣い、シェリスも大剣を向けるが、二人がかりでも光の壁を打ち砕くどころか亀裂一つ作ることはできない。



「フィルド、なんとかしろ!」


「今やってる。だが、絶対不可侵結界(カルマペルージャ)の直後だ。術力が足りな、っよせ!死ぬ気か!」



必死の形相で振り返るファルシオに対してリジュマールが答え、その途中で顔色を変えた。彼女は光に両手を向けて何かの術言を詠唱しているフィルドに駆け寄り、青白い顔に汗を浮かべた少年を一瞥して唇を噛んだ。そしてすぐにその肩に手を置いて瞳を閉じ、自分の術力をフィルドの身体へと送り込み始めた。

只事ではない様子に皆が固唾を飲む中、アルマンは眉間に深い皺を刻んでリジュマールに視線を向けた。



「リジュマール、答えられるか?」


「はい。・・・シィンが暁姫(エイル)に対し次元転移(ミンツ・テレア)を行おうとしています。フィルドはその妨害を。」



その内容に二人の術師を除く全員が目を見開いた。



「フィルドの結界が破られたのか?!」


「いや、絶対不可侵結界を破る方法など存在しない。外に干渉するなんて、例え媒体があったとしても・・・まさか。」



自らの言葉に気付くものがあったのか、リジュマールははっとしたように目を開いた。フィルドは詠唱を続けながら左手を袂に入れ、取り出した何かを傍らに立つ彼女に手渡す。



「やっぱり・・・」


「なんだ?」


「私に憑いていた錬呪(れんしゅ)だ。これを介してヤツは外部に力を送り込んでいる。」



リジュマールの手に握られた小瓶には、彼女の赤い髪とそれを取り巻く黒い影がうごめいていた。それはすでに霧のように散り散りになっていて蝶の形を留めてはいない。



「この瓶だって結界の一種だぞ。絶対不可侵結界から別の結界内の媒体を介して外部へ干渉なんて、どうやったらできるんだ。・・・自分だって無事では済まないだろうに。」

独りごちるリジュマールの言葉に、アルマンが低く唸った。



「国を失い、奪い返す方法も無くした王が、己の身を案じるはずがあるまい。」


「あるのはセルナディアへの恨みと、セルナディアを甦らせた暁姫への憎しみですか。・・・だからって!」



激高するシルクの横で、ファルシオが唇を噛む。

ふと、続いていたフィルドの声が止んだ。よろめく身体を支えようとしたリジュマールと共にがくりと膝をつき、大きく肩で息をする。



「どうした?悠樹は!」


「・・・・・・対価契約が結ばれた。」



悔しそうな言葉にリジュマールが息を飲んだ。それきり言葉を発しない二人の術師に向かって、ファルシオが声を荒げる。



「どういう意味だ!」


「悠樹は自分の意思で次元転移すると宣言した。今、僕が術を中断させたら、その反動が悠樹に向かってしまう。・・・もう、手が出せない。」



フィルドの声が震え、同時に、光がゆらめき、そして、消える。

光に包まれていたはずの少女の姿はどこにもなかった。







空が白み、長かった夜が明けようとしている。

だが言葉を発する者はいなかった。

皆、少女がいたはずの場所を見つめたまま、誰も動こうとしない。



「僕のせいだ。」



フィルドが小さく呟いた。



「絶対不可侵結界は完璧な牢獄。何があっても、外部への干渉はできないはず。その油断が今回の事態を引き起こした。」


「それは違う!こんなの誰も予想できなかった、お前のせいなんかじゃない!・・・お前のせいじゃ・・・」



悲痛な響きでリジュマールが叫ぶが、言葉を続けることができずに黙り込んだ。他の者も、それを理解はしているものの発する言葉を見つけられず、その場に沈黙が落ちる。



やがてフィルドはふらりと立ち上がると、ファルシオの前に膝をつき頭を垂れた。



「殿下の裁定に従います。如何様にもご処分を。」



ファルシオは目の前に伏した術師を見下ろし、静かに瞳を閉じた。皆がそれを見守り、長い沈黙が続く。

やがて、ファルシオは大きく息を吐きだした。



「フィルド・ローラン。」


「はい。」


「・・・・・・気持ち悪い。」



心底嫌そうにそう言って、ファルシオが苦笑する。



「顔を上げろ。お前がそんな態度じゃ調子が出ない。」


「ですが―」


「その話し方もだ。」



ファルシオも膝を折り、フィルドと視線の高さを合わせると、驚きに見開かれた目を覗きこんでその目元を和らげた。



「どうしても処分されなきゃ気が済まないと言うなら謹慎を命じる。体力と術力が回復するまで、俺の屋敷から出ることは許さない。・・・いいな?」



そう言って、ファルシオが笑う。

その笑顔は、今までフィルドが見てきたものではなかった。

今までの彼とは全く異なる笑顔。それはここにはいない少女が彼にもたらした陰りのないものだ。



「悠樹は次元転移に同意したんだろう?なら、どこかで生きているはずだ。」



フィルドの腕を取って立たせると、汗で張り付いた髪を払い膝についた土を払ってやる。



「生きてさえいればなんとかなる。大丈夫だ。」


「・・・キミも同じことを言うんだね。“あの時”の陛下と。」



息を飲み、何かを堪えるように震えるフィルドの言葉に、ファルシオが苦笑して立ち上がる。

一人一人と目を合わせて頷きあい、各人の表情が僅かながら明るくなっていることを確認して、ファルシオはアルマンへと向きなおった。



「急ぎの用があります故、申し訳ないがここで失礼させていただきます。神殿の護衛をしていた者たちの元へは、彼が案内します。無口ですが腕は立ちますので、道中の護衛もあの者にお任せください。」



ファルシオの視線を受けてシェリスが頭を下げ、アルマンも小さく頷いた。それにあわせてファルシオがアルマンに一礼し、仲間へと振り返った。



「もう時間がない。早急にルクスバードの使者と従者の件を片付ける。フィルド、迎賓館まで空間転移(ノルン・テレア)・・・できそうか?」


「・・・・・・ん、へーき。」



フィルドがぎこちないながらも笑みを浮かべ、ローミッドは恭しく頭を下げた。

シルクは神殿を振り返って肩をすくめ、その隣で珍しくシェリスが頬を緩めている。

リジュマールは僅かに身じろぎを始めたルクスバードの使者の上に屈みこんで薬で再度眠らせていて、アルマンはそれを渋面で見ている。


そして。

その中に悠樹の姿はない。


偉そうなことを言っておきながら無意識のうちに彼女の姿を探してしまう自分に苦笑して、ファルシオは彼らに背を向けた。



(お前の帰る場所はここなんだろう。早く帰って来い。)



暗く冷たい夜気を超えて届く暖かな朝日に目を細め、ファルシオは大きく深呼吸をして振り返った。

その瞳には、彼女によく似た力強い光が宿っていた。





その後。

高位術の連続詠唱による術力低下から回復したフィルドによって、二つの情報がもたらされた。

一つは、悠樹は元の世界に無事戻っているということ。

もう一つは、彼女はセルナディアに来るきっかけになった事故の数年前まで遡っており、その時間の流れの中で日々の生活を送っているということ。


彼らは彼女の無事を素直に喜ぶと共に、相変わらずの術の暴走に苦笑し、そしてより復興に尽力した。

その脳裏に、再会した時に彼女の驚く顔が見たいというささやかな想いがあったことは言うまでもない。


そして彼女は肉体も記憶もすべて三年前まで戻り、自分の世界でもう一度高校受験からやり直し。

セルナディアの人々はそこから三年、彼女を想い、復興に力を注ぎます。

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