そうして新しい日常が始まりを告げる-3
高く白い天井と白い壁に囲まれたベッドの上で、悠樹は何度か瞬きを繰り返した。天蓋の向こうから陽光が優しく差し込んでいる。それを遮る、金色に輝く髪と金茶の瞳を持つ人物の姿に、悠樹はゆっくりと微笑んだ。
「ファルの声が聞こえたよ」
「そうか」
無愛想な表情のまま差し出された手を借りて、悠樹は上体を起こした。ベッドに腰掛けて大きく伸びをしてから、彼、ファルシオを見る。
(……また心配させちゃったかな)
浮かない様子に不安を感じながら、首をかしげる。
「ここ、黎明の塔だよね。あのあと、どうなったの?」
「…………」
「ファル?」
答えようとしないファルシオの顔を覗きこもうとして、悠樹は腕を強く引かれた。ファルシオの胸に悠樹の頬が当たり、背中に回された腕に力が込められる。
「ちょ、ちょっと。ファル?」
慌てて離れようとしても拘束が強くなるばかりで、余計に悠樹の中に焦りが生まれる。
「……んだ」
「え?」
「三年も俺から離れるとはどういう了見だ、このバカ」
「さんね……そんなに?!」
悠樹にとって、思いだしたばかりの記憶はつい先程起きたばかりのように鮮やかだ。それほどの時間が経っているとは到底思えない。
だが一方で、どこか納得している自分もあった。
(だから懐かしい感じがしたんだ)
三年前、進路を決めかねていた悠樹は、訪れたあの学校であの鐘の音を聞いた。その時に思ったのだ。
この音は聞いたことがある。
絶対、ここに行かなくちゃ、 と。
事故の三分前に戻るはずが三年前に戻ったのかもしれない。成長も記憶も全部なかったことにして、三年も前に。その可能性に思い当たって、苦笑いしながら見上げると、すぐ近くに金茶の瞳があった。彼の言うとおりの年月が経過したのであろう、悠樹の記憶よりも大人びた顔だ。
(よかった、ちゃんと年取ってる。本当に呪いは残ってないんだね)
怒っているような、喜んでいるような、泣いているような、笑っているような。いろいろな感情が混ざり合うファルシオを見つめて、安堵の息を吐く。
「さっき、黎明の塔の鐘が鳴った。急いで来たら、お前がここで眠っていて……百年の眠りについた、と言われたらどうしようかと思った」
そう言って笑う瞳に、悠樹自身が映る。ゆっくりと近づいてくるのに合わせて、悠樹は瞳を閉じた。そっと重ねられた口唇から温かな感情が伝わってくる。じんわりと全身に広がり、力強い流れになって悠樹の心を満たしていく。
「眠れるお姫様は王子のキスで目覚めるんだよ。……知らなかった?」
温もりが離れると、悠樹は照れ隠しのように小さく首をかしげてファルシオの顔を覗き込んだ。目を瞠る青年に思わず吹き出すと、笑顔でその首に腕を回す。ふわりと鼻腔をくすぐる彼女の香りにファルシオも頬を弛め、軽々と彼女を抱き起こした。
塔の扉を開ければ、眼下の屋敷からは調理場のものらしい煙が立ち上り、真っ白なシーツがテラスに翻っている。以前は森だった場所には人や馬車が行き来する街が広がり、その向こうには大きな帆船が出入りする運河が目に映る。それは悠樹の記憶にあるそれより格段に賑わった光景だ。
「すごい……」
「本来の姿はこんなもんじゃない。まだまだ、これからだ」
思わず漏れた感嘆の声を当然のように受け止めて、ファルシオが頷く。悠樹はその横顔を見つめて笑みを浮かべた。
「帰ってこれたんだね、私」
「ああ。……おかえり。俺の運命の人」
二人は顔を見合せて微笑むと揃って歩き始めた。それは彼らが共に刻む歴史の、新しい一歩でもあった。
了
今度は元の世界も時間が動いてますので、主人公は数時間後には自宅に帰ることになるでしょう。
「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ。」
「何を言う。お前が帰るのは―」
「ウチけっこう門限厳しいんだ、今日は塾もないし。だーいじょうぶ、もう次元転移はバッチリ覚えたから。また明日来るねー。」
「ちょ、おい待て、悠・・・」
みたいな。
さて。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
逆ハーっぽくしようと途中小話めいた日常生活を入れたせいで、唐突に王子が攻めに出て主人公が流された感じになってしまいました。反省点の多い作品ではありますが、お楽しみいただけましたでしょうか。
一応、ここで完結を打ちますが、隔週くらいのペースで番外編を追加していく予定です。しばらくは誤字などの修正を兼ねて全体の改稿を優先しますので、追加は不定期になると思います。(最初は実験的に軽いタッチで書き始めたのですが、後半になるにつれてどんどん筆致が戻ってしまったので統一します。)
また、当面の間は感想欄の制限を外しますので、ユーザー登録されていない方もよろしければお気軽に感想などお聞かせください。
それでは。
長期間、拙作にお付き合いをいただき本当にありがとうございました。
番外編や別作品で皆様にお会いできれば幸いです。