そうして新しい日常が始まりを告げる-2
「――――――」
声が、また彼女の名を呼んだ。
「……誰?」
小さく呟く。胸が締め付けられ、目に涙が浮かぶ。耳を澄まそうと瞳を閉じ、息を吐いた。
以前どこかで、その声を聴いた気がする。
以前その声が、自分の名を呼んでくれた気がする。
(……どこで?……いつ?……あなたは、誰?)
脳裏に浮かぶ点を一つ一つたどり、それを線で結ぶ。
瞬間、ざわりと音をたてて木々が揺れた。突然吹いた風はくるりと悠樹の周囲を一回りすると、悠樹の涙と共に天へと昇っていく。
ふ、と悠樹の口元が緩んだ。微かに浮かんだのは紛れもない笑み。閉じたままだった瞳から涙がこぼれ、新しい筋を作りだした。
「悠樹ー!ホントどうしたのー?」
道路の向こうから呼びかける声にはっと目を開いて、悠樹は友人達に手を振る。
「ごめーん!私、行かなきゃいけないところがあるの。……またね!」
大声で叫んで、悠樹は走り出した。校舎に戻って階段を駆け上る。すれ違うクラスメートに声をかけられ返事を返し、そうしながら向かった先は屋上。内鍵を開けて外に出ると、一際大きく鐘の音が聞こえた。先程聞こえた学校のチャイムに似た、でも明らかに異なる響き。
柔らかく温かく、そして力強い。それは以前、あの場所で聞いた、深みのある音。
(黎明の塔の鐘、だ)
カバンを放り投げ、全力疾走の後の呼吸を整える。自分の中に精神を集中させれば、懐かしい感覚が徐々に戻ってくる。
それはこの世界にはない、術と呼ばれる力の気配。
(次元転移、空間隔絶)
自分の周囲だけを切り取るイメージで、手の平を下に向けて腕を交差させる。すると、悠樹の足元に金色の光が現れた。それは表面に複雑な幾何学模様を描くと、球状になって悠樹を包み込んでいく。
「未来へ進むための光よ、希望を繋ぐ道となれ。失われた詩に導かれし力よ、閉ざされた扉を開け」
一度だけ、聞いたことのある言葉。その時は何を言われたのかわからなかったが、今ならわかる。
「求める地は、日方294、星度91、海高46、スキルフォート大陸セルナディア、黎明の塔。我は禁じられた古の術を識る者。空間を司る精霊よ、加護せし者を守りたまえ」
ゆらり、光が揺らめいて、ふっと消える。そこに悠樹の姿はなく、ただ風だけがそこを駆け抜けていた。