そうして新しい日常が始まりを告げる-1
背後でチャイムが鳴り響いた。
他の学校のものとは少し違う、柔らかくてどこか懐かしさを感じる響きに聴き入っていたのは入学から数ヶ月間のこと。二年の間にすっかり耳に馴染んだそれは、すでに日常の一部になり、今では時計代わりだ。下校時刻を知らせるその音を聞き流しながら、悠樹はふと足を止め、出てきたばかりの校門を振り返った。
燃え立つように赤い夕日を背に、通いなれた校舎が浮かんでいる。昇降口にはいくつもの人影が見えるが、そこに見知った顔はない。だが悠樹は何度も振り返り、そして首を傾げた。
(今……誰か、呼ばなかった?)
数人とすれ違うが、皆急に振り返った悠樹を不思議そうに見るだけで、自分を呼び止めようとしている人物はどこにも見当たらない。それなのに、チャイムの音に混じって名を呼ぶ声が聞こえる気がする。
むー、と唸りながら頭をかいているうちに、役目を終えたチャイムが鳴り止んだ。それと同時に、かすかに聞こえていた呼び声も消える。
「ゆーきー?」
今度ははっきり聞こえた声に振り返ると、校門の先にある横断歩道を渡った反対側に見知った顔が二つ、怪訝そうにこちらを見ていた。
「忘れ物ー?待ってようかー?」
「先に行ってるよー」
猫っ毛を風に遊ばせながら心配そうな目でこちらを見る若菜と、ショートカットをガシガシとかき混ぜながらすでに背を向けている昭穂。正反対な事を言う二人の友人に苦笑して、悠樹は手を挙げた。
「何でもなーい。つか昭穂!置いて行くなー」
歩行者用の信号が点滅を始めているのを見てあわてて走り出す。道路の向こう側で昭穂が振り返り、若菜はほっとしたように表情を緩めた。
その笑顔が、怪訝そうなものに変わる。
悠樹が、ぴたりとその足を止めたのだ。
「――――――」
彼女の耳には、確かに彼女を呼ぶ声が聞こえていた。初めて聞く、でもとても懐かしい声で。
勢いよく振り返った悠樹の背後で、トラックが轟音を上げて通り過ぎた。