決着の時-4
「悠樹?!」
驚いて叫ぶファルシオ達の顔はあっという間に光の壁の向こうに見えなくなり、悠樹は足元に描かれた幾何学模様に絶句した。そこにあるのは、あの日、あの空間でフィルドが描いたものと良く似た、次元転移の陣だ。
「フィルド!これどういうこと!」
叫ぶ声は光に阻まれ、もう向こう側の声も聞こえてこない。代わりに、低い笑い声が重なった。神経を逆撫でするようなざらついた笑い。それは地の底から響き、悠樹の身体を硬直させる。
「シィン……」
「セルナディアを導く暁姫。あの忌々しい国を目覚めさせた娘。せめて貴様だけでも消してやらねば……」
絶対不可侵結界を超えて外部に干渉すれば、エドヴァルシィンの身も無事ではすまない。想像を絶する苦痛が、その身体を襲っているだろう。時折聞こえてくる呻き声を聞きながら、悠樹はどうにかしてこの金色の陣を破ろうと術の停止を詠唱した。
「これは貴様が使う術は異なる。小娘には破れぬよ」
姿は見えず、気配もない。ただ、憎悪を滲ませた声だけが金色の空間に響く。そしてその言葉の通り、金色の光が消えることはなかった。悠樹は唇を噛みしめて、拳を強く握り込んだ。
「貴様を消せば、あの国も終わる」
「……終わらないよ」
詠唱の合間に伝わってくるエドヴァルシィンの憎悪に膝が震える。それを耐えて言葉を続けた。
「絶対終わらない。ファルが終わらせない」
その名前を口にするだけで、身体の震えが止まる。悠樹は唇を噛み、姿のない相手に向かって声を上げた。
「私だって諦めない!全員で帰るって約束したんだもん。例えどこに飛ばされたって、私はまた、ここに戻って来るんだから!」
「……ならば試してみるがいい。そして絶望するのだ。……決して、超えられぬ壁というものがあることを知れ」
エドヴァルシィンが、低く厳かに最後の節を唱え始めた。
(時を戻そう。シィンの術に捕まる前に戻れば……)
そう考えて首を振る。
(だめ。ここは次元転移の指定範囲内。私の時間を戻してもこの中からは出られない。……セルナディアには戻れない)
一体、どうすれば。
焦る悠樹の脳裏に、突如、エドヴァルシィンの言葉が蘇った。
『次元転移には本人の了承と対価契約がいる』
その意味を考え、悠樹は一つの決断を下した。
(術師築島悠樹の名において、対価契約の追加を条件にエドヴァルシィンの術に了承する。私はこの世界にもう一度戻る。そのためには私が生まれた世界に行く必要があるの。この世界に帰り着くために、私を元の世界に導いて)
これは賭けだった。
エドヴァルシィンは術とは異なる方法で次元転移を行おうとしている。
対価契約が必要とされるかどうかも、悠樹の力で条件の追加ができるかもわからない。
そもそも、かなり強引な論法であるから対価契約としての条件を満たしているかさえもわからない。
それでも、残された方法も時間も、もうわずかしかない。悠樹は続けて、纏う属性を時間属性に切り替えた。
(あの事故に会う前。フィルドに会う三分前まで。お願い。時間、戻って)
悠樹が術言を紡ぎ終わるのと、エドヴァルシィンが最終節を結ぶのはほぼ同時だった。
悠樹の足元に上昇気流が発生した。ふわりと浮いた身体を運ぼうとする力と、時間の流れに逆らおうとする力が反発し合って身体が悲鳴を上げる。竜巻のような強風と轟音の只中に放り込まれ、全身を細切れにされるような激痛に、悠樹は意識を手放した。