決着の時-2
「ねえ、ファルとフィルドは?どこ?!」
パニックに陥って叫ぶ悠樹に、まだ文句を言い足りない様子のリジュマールがため息をつく。
「術師なら、人に訊く前に気配を探れ」
そういって木立の向こうを顎で指し示した。向き直るよりも早く、そこに強い呪力が集まり白い光が発せられる。
「今度のは本当の絶対不可侵結界だな。……術力が半減してなお、こんな巨大なものを作り上げる男に、敵うはずもない」
ぽつりとリジュマールが呟いた。
その声は不思議と満足げで、あれほどあからさまだったフィルドへの反発は微塵も感じられない。うっすらと笑みを浮かべたリジュマールを見、改めて悠樹が光のあるほうへ顔を向けると、木立の向こうにワンボックスカーほどの小さな神殿とその後ろに広がる石畳が見えた。それらはすでにフィルドが創り出した結界の白い光で覆われている。
ここで待つように言い置いて、シェリスだけがファルシオ達に近づいていく。残された悠樹は木立の所まで行き、同じくその場で立ち止まったシルクの袖を引いた。
「あれがさっきの場所?ずいぶん小さいみたいだけど」
「見えているのは入り口です。本体は後ろにある石畳の下。地下にあるんです」
ふぅんと頷こうとして、悠樹の動きが止まった。絶対不可侵結界がその密度と光度を上げ、見る間に形を変えていく。石畳と同じ形を創り、ぴったりとそれと重なって。
ふっと光を失った。
フィルドの、神殿に向けられた両手がだらりと下に降りる。詠唱の止んだその空間は、異様な静けさに満ちていた。
「お疲れさん」
ファルシオがフィルドの肩を叩いた。それを受けてフィルドの小さな身体が前後に揺れ、やがてぱたりと仰向けに倒れる。
「つっっかれたあぁぁぁぁあぁっ!」
本当に疲れているのか疑いたくなるような大声で叫ぶフィルドのそばに、ファルシオが笑顔で座る。そこにシェリスが加わり、シルクもゆっくりと彼らのほうへと向かっていく。少しだけ考えて、悠樹も後を追った。
「もうヤダ。もうやらない。高速詠唱で絶対不可侵結界生成なんて、術師に死ねって言ってるようなものなんだからー!」
耳の下、関節部分を押さえて叫びながらフィルドがころころと地面を転がる。それを苦笑して見下ろしながら、シルクは神殿へと向かった。その足がすぐに止まる。厚い空気の壁が行く手を阻み、神殿に触れることもできないようだ。
「神殿丸ごと全部、封印しちゃったんですか」
「うん。ごめんねー、勝手に研究対象奪っちゃって」
「……あの壁のサンプルは欲しかったんですけどねぇ」
苦笑を浮かべるシルクに、寝転がったままのフィルドが振り返った。その顔にはわざとらしいほどの笑みが作られている。
「悪いけど、解術はしないよ。蝶を外に出さないちゃんとした代案があるなら別だけど」
「安全が最優先だ。ちゃんと検証してから申請しろよ。ただし、錬呪が書かれた壁の持ち出しは禁止だ」
フィルドの言葉にファルシオが早々に釘を刺し、シルクは首をすくめて苦笑する。屋敷でもよく見かけた光景に、ようやく張りつめた空気が緩んだ。