憎悪の正体-6
息を吐き出し、ファルシオは強い眼差しでシェリスに正対した。
「ファルシオ・ディアス・セルナディアの名において命じる。シェリス・ウィルダー、万一の場合はルクスバード使者とイエルシュテイン国王、暁姫悠樹を守って脱出しろ。シルク・カザフリントはその知識をもって遺跡内を誘導、彼をサポートすること。これは命令だ。二人とも反論は許さん」
命令。
その一言にシェリスが唇を噛んで沈黙する。顔を強張らせたシルクも黙って頷き、その二人に代わって声を上げたのは悠樹だった。
「だから勝手に決めないでってば!」
慌てる悠樹にファルシオがふわりと微笑みかける。強く抱きしめて髪にキスを落とすと、すぐに身体を離した。
「心配するな。例え命にかえても、お前たちは守ってみせる」
「馬鹿な事言わないで!命にかえてなんかほしくない。私だけが助かったって意味ないよ!」
反射的に怒鳴り返してファルシオを睨みつけるが、男は言葉を返そうとはしない。ただ、困ったように笑うだけだ。全て自分が悪いのだと、自分の責任なのだといわんばかりの、いつもの笑みで。
その表情に、悠樹の中の何かがキレた。
「あーもう!みんな勝手にすればいいわ。私も勝手にやらせてもらうから!・・・全員連れて神殿前に転移しろ?はっ、冗談じゃないわ!」
喚きながら、フィルドに言われた術を学ぶ上での大原則を思い出す。
『術師の前で嘘だけは言っちゃダメだよ。術師も嘘を言っちゃダメ。
術師の前で弱気なことを言っちゃダメ。術師も弱気になっちゃダメ。
心が弱くなれば、その言葉が術で縛られて現実のものになってしまうから。
だから、術師は成功だけを思い浮かべなければいけないんだよ。
例えそれが、どんなに絶望的な状況だったとしてもね。・・・忘れないで。』
フィルドの声が何度も繰り返した言葉は、そのまま悠樹の心を奮い立たせた。
「要はここから出られればいいんでしょ。悪いけど、行き先は保証できないからね。空中になるか噴水の中か、どこになるかわからないけど全員道連れにしてやる!覚悟しなさい!」
(術師は嘘をつかない。術師は弱気にならない。絶対できる。……だから!)
心の中で強く言い切って、もう一度ファルシオを見上げる。
「だからファルもさっきの言葉は撤回して。絶対、全員で“帰る”って約束して!」
かちりと目が合う。
驚きに見開かれたファルシオの瞳を睨むように見つめて。この世界に来て、あの夜以来使ったことのなかった言葉の意味を、その想いを、わかってほしいと祈る。
やがて、ファルシオは瞳を伏せ、口元に笑みを浮かべて悠樹を見つめ返した。
「撤回する。何があってもお前と一緒に……帰ってみせる」
ファルシオの笑みから陰りが消える。力強く頷いてくれたその人に一瞬だけ笑みを見せてから、悠樹は胸の前で手を組んだ。