憎悪の正体-4
リジュマールは眉を寄せ、結界を見上げた。
「今の体力ではそう長くは保たないぞ」
「だから籠城する気はないって。道を作って空間転移を結ぶまでの時間稼ぎだよ。今の君に無理させたくないけど、これの維持とあれの足止め、全員の空間転移で役割分担すると他に選択がなくてね」
「……確かに。」
ちらりとリジュマールが悠樹を見る。きょとんと見返す悠樹にため息をついてから、その目を閉じた。高まっていくリジュマールの術力がフィルドの術と混ざり合い、発動者が移行していく。
フィルドが小さく息をつくのを確認して、ファルシオが彼に声をかける。
「少し休むか」
「思ってたよりリジュの消耗が激しい。このまま行くよ」
リジュマールを気遣ってか、小声で答えるフィルドの額にうっすらと汗が滲んでいるのを見える。悠樹が取り出したハンカチでそれを拭うと、フィルドがにこりと笑った。
「ありがと。悠樹もさっさと空間転移の詠唱始めて」
「……はい?」
「転移対象は古き王を除く、ここにいる人全員を単指定。範囲指定はダメだよ。錬呪の蝶も連れてきちゃうから。行き先はペクトラティオ神殿前。座標はここに書いてある」
早口で言ったあとに数字が書き連ねられた紙を押しつけ、フィルドは大きく伸びをした。
「勝手に決めないでよ。フィルドがやってもリスクが高いもの、私にできるわけないでしょう。それに私こんな大人数の空間転移なんてやったことないし、できないって」
慌てる悠樹に、フィルドは手首足首を回しながら困ったように眉を下げた。
「悠樹、あの中に飛び込んで蝶の大群退治するなんてことできないでしょ?本物の蝶じゃないってわかっていても気持ち的に」
言わんとしていることを理解して、悠樹は口を噤んだ。確かに、本当の生き物ではないと言われても、蝶のように見えるそれを排除するなど悠樹にはできない。それに、先程まで周囲にあった不快な空気の振動は、思い出すだけで寒気がするほどだ。精神集中など到底無理だろう。
黙ってしまった悠樹を見て、フィルドは言葉を続けた。
「発動した結界を継承したり、リジュの詠唱に合わせて結界を解術するなんてことも、できないでしょ」
できるわけがない。
リジュマールの詠唱は聞き取るのが精一杯だ。発動の瞬間を見計らって解術するなんて今の悠樹には不可能だ。
(やっぱり役立たずだ、私)
しょげるように俯いた悠樹を下から覗きこんで、フィルドが笑う。
「悠樹の不安はわからないでもないけど、今、空間転移ができるのは悠樹しかいない。リスクは減らす。ちゃんと蝶のいない道を作るから、そこを縫って転移して」
「……」
答えない悠樹の肩を叩き、フィルドはもう一度、笑って見せた。
「僕、隠し事はするけど嘘はつかないよ。だから信じて。……大丈夫、悠樹ならできる」