憎悪の正体-3
「シェリス、使者殿を抱えて来い。シルク、惚けてないでリジュマールとアルマン王を守れ。フィルド、空間転移はできそうか」
「うーん、リスクが大きいかなぁ……」
早口で出される指示を受けてそれぞれが動き始める中、フィルドが相変わらず自分のペースで返事をする。
「たぶんリジュに憑いてたのと同じ、術力と生命力を食うタイプだと思う。これだけの数が集まってると、発動前に術が喰われて不安定になる」
とりあえず、と独り言をもらしてからフィルドはパチンと指を鳴らした。同時に不快感を与える空気の振動が止まり、蝶のざわめきを肌に感じることがなくなる。
悠樹が顔を上げると、白い光がドームを作り、悠樹たちと壁の間に薄い膜のようなものを張っていた。光の向こうにはいまだエドヴァルシィンも蝶の大群も見えるが、彼らが出すそれとは別の、清浄な空気で内部が満たされている。
「絶対不可侵結界の略式生成?!一体どうやって……」
リジュマールが呆然と呟き、悠樹も驚きに目を見開いたまま何度も頷いた。
絶対不可侵結界とは、その名の通り最高ランクの結界術だ。
その発動には展開する結界の効果範囲を三次元で座標指定し、同時に解術方法も指定しなければならないために二十節を超える詠唱が必要とする。術師に膨大な量の力を要求し不足した場合にはその生命力をも奪っていくため、詠唱完了前に術師が力尽きて落命することさえあると言う禁術なのだ。
だがその能力は最高の名に相応しく、発動さえできれば術者が定めた方法以外では解術できず、内部と外部は完全に遮断され、双方の干渉は不可能になる。故に、結界ではなく脱出不能の牢獄としての意味合いを持つという。
「あのねぇ、こんな包囲された状態で最強結界に籠城してどうするの。落ち着いてよく見てよ」
フィルドが呆れたように呟き、悠樹とリジュマールは床に現れた文様を凝視した。早々に読み解くことを諦めて彼に視線を戻した悠樹に対し、リジュマールは小さく頷いた。
「なるほど。術師を中心にして範囲指定を簡略化した浄化結界か。絶対不可侵結界に似せた文様はハッタリか?」
「僕の趣味」
「……だとしても、略式生成は負荷が大きすぎる」
気遣わしげに眉を寄せるリジュマールに対して、フィルドは口角を上げてみせた。
「やだなぁ、僕を誰だと思ってるの?これくらいすぐできるよ。……それに、ある程度は想定済みだったんだから、それなりの準備はしてきてる。死にぞこないに心配されることじゃない」
「……本当にお前という奴は」
「そんなことよりリジュ。これ代わって。僕は外に出て、あのおじいさんの相手しなきゃいけないから」
頭上を見上げ、術式で結ばれた結界中心点を視線で示した。
リジュマールが読み解いた通り、今形成された結界は術師であるフィルドを中心に範囲指定をしている。結界を解術しないかぎり術師はその場を動くことができない。まさに人柱なのだ。フィルドが結界の外に出るには、発動者を別の者に移行させる必要があった。