憎悪の正体-2
自分の腕を掴むシェリスに罵声を浴びせ、右手に抱えた水晶に視線を動かす。その視線の先で、水晶の中の文様が怪しく明滅を始めた。息を飲む気配がしてファルシオが叫ぶ。
「シェリス!離れろ!」
その声に従って、シェリスが後方へ跳び退る。同時に、エドヴァルシィンの背後に大きな影が立ち上った。一瞬前までシェリスがいた場所は蠢く黒い影で覆われ、やがてそれは大きな蝶の形を取っていく。
エドヴァルシィンはその影に半身を埋め、皆が自分から離れていく様をおかしそうに見ていた。
「運の悪い男だ」
にやりと笑う。三日月の形に歪んだ口元に残虐性を帯びた悪意を滲ませ、自由になった左手で円を描いた。
「今喰われていれば、この後の地獄を見ずに済んだものを」
ざわりと、悠樹の背後で何かが動く気配がした。はっとして振り向いてもそこには斑模様の石壁があるだけだ。他の皆も同じ気配を感じているのか、エドヴァルシィンの後ろにある影に注意を向けながら、油断なく辺りに視線を巡らせる。
気がつけば、その気配は背後だけではなく、悠樹達を取り囲むようにざわざわと何かが動いていた。四方から、正体の知れない生き物が迫ってきていると錯覚するような、圧迫感と存在感。
その正体に最初に気付いたのはシェリスだった。
「壁が……」
ぽつり、端的に気配の元を指す。その声に従って壁を見ると、黒く書き込まれた文字のようなものがゆらゆらと空気中に溶け出し、五センチほどの蝶の形を作り始めていた。四方の壁を覆い隠すほどの黒蝶の大群。それらが小さく羽ばたき、静かに空気を揺らしている。
「やだやだやだ、何これ!?」
「凄い……神殿の機能が蘇った。いや、生き続けていたのか?王の存在が再生の鍵、それとも……」
「このバカ!死にたいのか!」
悲鳴を上げて悠樹がファルシオにしがみつき、その横でシルクが目を輝かせて蝶に手を伸ばす。リジュマールはそんなシルクの耳を引っ張って引き止めると、少しでも壁から離れようと部屋の中心へと移動するファルシオの後に続いた。
「なんなの、あれ!」
色を失った顔で悠樹が問いかける。ファルシオは近寄ろうとする黒蝶を切り伏せてからちらりと悠樹を見た。
「タワティアナが滅んだ元凶だ」
「はぁ?!」
「エドヴァルシィンは強大な力を得るため、この神殿で錬呪に民を喰わせる儀式を行っていたらしい。更には自分も同化し、自ら人を襲う化け物になった。王の息子と大臣達は民を守るために乱を起こし、セルナディアの術師の力を借りて王を封印した」
「そんな話、聞いてないよ!」
「正史の解説が終わってない方に、隠蔽された黒歴史の話なんかできるとお思いですか?」
「雷電!」
シルクの言い訳にファルシオの術具開放の言葉が重なる。剣に収められた術具から稲妻の光が放たれ、一瞬にして蝶は姿を消した。が、それが収まると次々と元の姿を取り戻し、数が減った様子はない。
それを確認してファルシオは小さく舌打ちした。