憎悪の正体-1
沈黙が部屋に満ち、全員の視線が一人に集中する。その視線を平然と受け止めて、老人は低く笑った。
「最後の、とはずいぶんな言い草だな。我はいずれまた、この地で王と呼ばれるようになる。最後の王と呼ばれるのは貴様の父親だ。セルナディアの小僧」
悪意でコーティングされた声が、鋭い棘を持って空気を震わせる。ファルシオはエドヴァルシィンのあからさまな挑発を肩をすくめて受け流すと、彼から視線を逸らさずに明確な答えを口にした。
「私は、セルナディアを終わらせるつもりはない」
「ほう?」
「貴殿の時代は帰ってこない。悪いが諦めてもらう」
強く言い切ったファルシオの前で、エドヴァルシィンがその瞳を細める。そして高らかに哄笑を響かせた。
「セルナディアを眠りに沈め、一時的にでも消滅させた貴様がそれを言うのか」
「だからこそ誓う。私はセルナディアを終わらせない」
静かに、だが力強く告げる声に、エドヴァルシィンは笑いをおさめてファルシオを見た。互いに相手の顔を正面から見据える。
「セルナディアは消え、そこに住む者全員が国を、思い出の地を失った。他の国へと移住せざるを得なかった者は皆、故郷に帰ることなく天寿を全うした。私は彼らの無念を忘れない。そして、父母たちの想いを受けて戻ってきてくれた者や、移り住んできてくれた者を守るのが今のセルナディアだ。私はもう二度と彼らを裏切らない」
悠樹の肩に置かれたファルシオの手に力がこもる。
「あなたはイエルシュテインの影でわが国に害をもたらそうと画策し、私から悠樹を奪おうとした。許すわけにはいかない」
かつりと一歩、ファルシオが踏み出し、エドヴァルシィンも同じだけ後退る。その後ろには、あの使者が眠り続ける部屋がある。
「逃げ場はありません。王族らしく、最後を―」
「逃げ場、か」
ファルシオの訴えを退けてエドヴァルシィンが嗤う。
「そんなもの、我には必要ない。逃げ場がないのは貴様らの―」
エドヴァルシィンがその言葉を最後まで言うことはなかった。彼の背後に突然現れた影が素早く彼に近づき、その身体を拘束したのだ。
「なっ、貴様なぜ!」
一瞬のことに悠樹が声も出せずにいると、エドヴァルシィンの背後から彼の首と腕を拘束したシェリスがファルシオに向き直る。
「お待たせいたしました」
「そうでもない。いいタイミングだ」
「え?えぇ?」
部屋の入り口と目の前に立つシェリスを見比べて、悠樹が驚きの声を上げる。つい先程まで入り口で部屋に入れずにいた人物が、まったく別のところから室内に現れた現実についていけていないのだ。目を白黒させている悠樹の疑問に答えたのは、シルクだった。彼はエドヴァルシィンに向かって膝を折り、最大級の敬意を表してから立ち上がった。
「この神殿に私が知らない道はありません。確かに当時は王族以外は知らなかったであろう隠された通路もありましたが、調査の過程で全て把握できています。だからこそ、彼はそちらから現れることができた」
「調査だと?!我が神殿を土足で踏み荒らしたのか!」
激昂し、身を捩るエドヴァルシィンの瞳に狂気が宿った。
東日本大震災で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
ご本人の意志とは関係のない理由で故郷を離れねばならない状況になった方々が大勢いらっしゃる中で、今回の王子のセリフはご不快に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
物語の中ではありますが、故郷を奪うという状況の一端を担った彼の言葉が本当に必要なのか、言わせるべきではなかったのではないか、今も悩んでいます。
王子は戻ることのできなかった人の想いを、戻ってきた彼らの子孫の中に見ています。自分から生まれた不幸の連鎖を受け止め覚悟する、その姿を表すためこの形をとらせていただきました。ご不快に思われた方がいらっしゃいましたら本当に申し訳ありません。
一日も早く、誰もが思い出の地に立つことができますように。
故郷を望む全ての人の言霊が、どうか届きますように。
心よりお祈りしています。