陰から操る者-6
正気を失ったかのように見える彼の様相に、その場にいる者すべてが釘付けになる。
「我が国を奪い、我が身を不死に落とした憎き国、憎き一族。再興などさせてなるものか」
『国を奪った』
聞き覚えのない言葉に悠樹が首を傾げる。だが、その発言に思い当たることがあったのか、シルクはフィルドを振り返った。
「フィルド様。この方は―」
「リジュの首にある文様を見た時点で、あの国の技術を受け継ぐ者がいる可能性は疑っていたよ。だからこれを用意してきたんだ」
蠢く文様を収めた手の中の小瓶に視線を落とし、フィルドが呟く。
「さっき、錬呪という言葉に対して否定しなかったところをみると、間違いないみたいだね。でもまさか、“本人”とは思わなかった」
感情を押し殺した表情の中、瞳だけがわずかに揺れる。それを見て、シルクが信じられないと首を振った。
「まさか、そんな」
短銃を下ろし、額に手を当てて驚きを隠せない様子のシルクに、ファルシオの眉間に皺が寄る。動かないアルマンと部屋の中央に移動したシィンの二人に注意を向けながら、ゆっくりとシルクのそばへと移動する。
「どういうことだ?」
「彼女はこの神殿の本来の所有者です」
奇妙に聞こえる言い回しでシルクが答える。シィンに対して視線を和らげており、明らかに敬意を払った口調だ。それを聞いてアルマンが低く笑った。
「だからイエルシュテインをあの地に興したのか。父の参謀として働き進言したのは、いずれは我が国を乗っ取り、かつての土地を取り戻す計画の一部だったのだな」
「思いあがるな。国を作ったのは貴様の父ではない。我だ」
剣先を床につけ、その上で両手を組むアルマンの言葉にシィンが激昂する。ファルシオは軽く頷いて顎を引いた。彼の注意はすでにアルマンからシィンに移っている。
「なるほど。ずいぶんと他人任せな復讐劇だな」
言いながら、惚けたようにシィンを見つめるシルクの頭を軽くはたく。リジュマールを悠樹から引き剥がして彼に押し付けると、自由になった悠樹を抱き寄せた。
「こんなときにも女優先か。とんだ色ボケ王子だな」
「すみませんね、一直線なので」
「いきなり敬語になった研究バカが人の事を言えるのか」
呆れたようなシルクとリジュマールのやり取りを耳にしていたたまれない思いをする悠樹に、そんなものは耳に入らないかのようなファルシオが問いかける。
「ここがどこか、聞いているか」
悠樹が首を振ると、それを確認してファルシオが顔を上げた。
「イエルシュテインとの国境近くにあるタワティアナの神殿跡だ。今はセルナディアが管理しているが、その本来の所有者と言えば一人しかいない」
ファルシオがその場にいる全員の顔を順番に見回し、最後に中央に立つシィンに視点を定めた。
「エドヴァルシィン。タワティアナ最後の皇帝だ」
名指しされ、彼は笑みを浮かべて背筋を伸ばした。その顔に、屈強な王に付き従う力弱い老人の面影は残っていない。自分を取り囲む人々を睥睨する様は、まさに王者の貫禄を備えていた。