陰から操る者-5
シィンの瞳が驚きに見開かれた。後ろから右首筋に当てられた剣を遠ざけるように身体を斜めに傾け、黒い影の蠢く水晶を抱え直すと、落ち着きなく視線を泳がせる。
「陛下。い、一体何のことでございましょう」
「暁姫と呼ばれる娘の排除に協力せよ。それができたらエルシャを妃として迎える」
はっと息を飲む音が聞こえ、視線がシィンに集中する。老人の顔は青を通り越して白くなり、大きく見開かれた瞳は虚空を見つめて静止した。
「そのようにセルナディアが約したという話は真か」
「馬鹿な!」
吐き捨てるようにファルシオが叫び、リジュマールも驚いたように身体を硬直させた。名を呼んで彼女の注意を自分に向けると、悠樹は視線をシィンに戻して疑問を口にする。
「どういうこと?」
「暁姫の存在とは関係なく、王子の意思でエルシャ姫との縁談を受けられない。それがセルナディアの答えだった。私はそれをシィンに報告し、シィンは陛下に伝えたはずだった。」
悠樹の肩に置かれた手に力が入る。
「おかしいと思ったんだ。なぜ陛下がお前を排除しろなんていう無茶な命令を下されたのか。どうしてもわからなかった。でも、陛下が本当のことをご存じなかったのなら。……シィンが嘘の報告をしたのだとしたら――」
「その話、信じるだけの根拠はある?リジュとアルマン王が共謀して、おじいさんに罪を被せた。僕らとしては、そう受け取ることもできるんだよ」
話を聞いていたらしいフィルドがリジュマールに問いかける。彼女は赤い瞳に苛立ちを乗せて少年術師を睨むと、悠樹に視線を戻した。
「その通りだ。私が言うだけで証拠はない。信じるかどうかは自分で判断すればいい」
リジュマールの纏う険悪な空気を感じて、悠樹は沈黙した。
思い返せば、この場所についてからのリジュマールは悠樹を無事に元の世界に戻そうと努力してくれていた。強制的に次元転移を行えば元の世界に戻れないという事情を知る者として説得を続け、それが叶わないとなると、悠樹の空間転移を見逃してくれようともしてくれていたのだ。
(リジュは悪い人じゃないと思う。……思いたい)
悠樹がそう結論付けるのを待っていたかのようにフィルドが頷く。
「ま、坊が咄嗟にそんな高度な嘘を思いつくなんて思ってないけどねー」
「だから、その呼び方はやめろと何度も―」
「はいはい」
小声で交わされるやりとりが低次元になったところで、ふいにアルマンが頬を歪めた。
「父の代からの家臣に裏切られるとは。私の人徳のなさか」
自嘲気味な声に、リジュマールがはっと表情を強張らせた。何かを言いかけてそのまま口をつぐみ、ただ力なく首を振る。
「計画通りには進まぬものだな」
代わりに、しわがれた声がアルマンに答える。声の主はふらりと足を踏み出し、部屋の中央で立ち止まった。
「セルナディアなど消えていればよかったものを」
シィンの窪んだ目に怪しい光が宿る。ギラギラとした視線を周囲に向け、老人はぎりと奥歯を噛みしめた。