陰から操る者-4
扉に現れた新たな人物は部屋の人口密度の高さ故か足を止め、一瞬の逡巡の後にその場で主に声をかける。
「殿下」
濃紺色の髪を持つ、この場にいる中で最も大柄な騎士から、この場にいる中で最も小さな声が発せられると、ファルシオを除く全員の視線が彼に注がれた。その注目の中で、やはり小さな声で報告がなされる。
「外の見張りは全員拘束してローミッド様にお渡ししました。すべて手筈通り、と言付かっています 」
「わかった。……さて、お聞きの通りだ。いかがされる?」
前半は部下へ、後半は眼前に立つ隣国の王に向けてファルシオが声をかける。それによって表情を変えたのは奥歯をかみ締めたシィンだけで、アルマンは感情のこもらない目を老人に向けるに留めた。そして厳かに、その口を開く。
「セルナディアの王子、一つ確認したい。先だってそなたが言った妃とは、その娘のことか」
妃、という言葉に、こんな状況にもかかわらず頬を赤くする悠樹を視線で指し、アルマンが問いかける。唐突な質問にファルシオは一瞬眉をひそめ、すぐに無言で頷いた。それに頷き返し、リジュマールに視線を向ける。
「リジュマール、お前はその娘がセルナディアの皇太子妃と知っていたのか」
問いかけられ、リジュマールがふらりと身体を起こした。膝からくずおれそうになりながら、悠樹に支えられてどうにか立ち上がる。
「ファルシオ王子の意向で、第一候補として扱われていたようです」
「そうか」
深く頷くと、目を閉じて大きなため息をつく。空気の震える音が室内に響いた。
「あの、陛下?」
おそるおそる、リジュマールが声をかける。再び開かれたアルマンの視界に自分が映ったことを確認して、彼女は言葉を続けた。
「そのようにご報告したはずですが」
「……そうか」
同じ言葉を繰り返したアルマンの瞳が、すぅっと細められた。同時に、彼が纏う空気が殺気立ったものに変化し、取り囲む者たちの間に緊張が走る。彼の手が腰に下げた剣に伸び、瞬きにも満たない時間でそれは鞘から抜き放たれ照明の光を反射した。
「説明しろ、シィン」
一瞬のうちになされたその動きの後、アルマンの剣が向けられていたのは彼を守るように立つ老人、シィンの首筋だった。