陰から操る者-3
ふいに、押さえつけていたリジュマールの腕から力が抜けた。視線を戻すと、フィルドがどこからか取り出した小瓶を握りしめ、大きなため息をついている。リジュマールはぐったりと身体を横たえているがその首に文様はなく、わずかに赤い痕が残っているだけだ。
「終わった?リジュ、もう平気?」
「ああ。……手を放してくれ」
「えーっと」
リジュマールの要求にすぐには応えず、ちらりとフィルドを見る。悠樹の視線に気付いた彼が小さく頷くのを確認してから手を放した。自由になった手をぷらぷらと数回振って、リジュマールは自分の首に手を当てる。するりとなでてから悔しそうに顔を歪めた。
「さすがはフィルド・ローラン、と言うべきか」
「賞賛の言葉を拒むつもりはないよ。今回はそれだけのことをしたからね。……こんなのくっつけたまま次元転移しようだなんて本当にバカな子だね。死ぬ気?」
「次元転移クラスじゃなきゃ、この神殿の結界に阻まれて気配が外に漏れない。お前に居場所を知らせる方法が他に思い浮かばなかっただけだ」
横を向いて言い返すリジュマールを見ながら、フィルドが目を細めた。その表情に苛立ちが浮かぶ。
「見くびらないでもらいたいな。キミにそこまでしてもらわなくたってこの場所の特定くらいできる」
「だが……」
「うるさい。まったく、ここまでくると愚かを通り越して滑稽だね。まだ僕に嘘をつけると思ってるんだから」
フィルドの言葉は容赦ない。リジュマールはまるで叱られた子供のような表情で唇を噛み、悠樹はハラハラしながら二人を見守っていた。いや、見守ることしかできなかったというほうが正確だろう。口を挟むことのできない空気が二人の間には存在していた。
「言ったはずだよリジュマール。師より先に逝くことは許さない。二度と忘れるな」
低く唸るような命令口調。怒りを押し殺した声にリジュマールの肩がびくりと揺れる。そんな彼女を冷たく見下ろしてから視線を逸らすと、フィルドは手元の小瓶を握り締め立ち上がった。
「おじいさん珍しいもの持ってるね。これ、錬呪でしょ?」
声の調子も表情も普段のものに戻したフィルドが、シィンに見せ付けるように手にした小瓶を掲げる。十センチほどの透明な瓶の中には、リジュマールのものらしい一房の赤い髪が入れられ、それを取り巻くように黒い影が蝶のような文様を描いている。
「宿主の術を食って本体に蓄え、時には逆流させて宿主に害を与える。憑かれた本人には絶対に外すことのできない呪術生命体、ねぇ。僕も本物は初めて見たよ」
独り言のような呟きを耳にしながら目を凝らすと、小瓶の中で影は小さくうごめいていた。首にあったときよりもサイズは小さく、色は濃く。フィルドの言葉の通り、生きているかのようにその髪を取り囲んで締め付けるように身体を震わせているのがわかる。
背筋が寒くなるような光景から目を逸らすと、悠樹の視界に新しい人影が映った。