陰から操る者-2
何を言っているのか、悠樹には聞き取ることさえできない速さで術言の詠唱が続く。それに反応してリジュマールの身体が強張り、身を捩るようにして腕を振り払おうとするが、悠樹は体重をかけるようにして腕を抑え込んだ。
そんな中、ファルシオが口を開いた。
「迎賓館の警備が襲われ、ルクスバードの使者が消えた。それだけなら彼らが何かを仕掛けようとしていると考えてもいい。だが一緒に悠樹も消えた。彼にもルクスバードにも、悠樹を狙う理由がない。それに彼は文官だ。警備兵を昏倒させて姿を眩ましたり、悠樹の部屋につけた兵に見つからずに悠樹を拉致できるような技術はない。とすれば使者の失踪は何者かが仕組んだ陽動で、目的は初めから悠樹だったと考えるのは当然のこと」
「本当の目的がお姫様を救いに単身乗り込むようなバカ王子を誘い出す事、だとしたら大成功ですよ。おめでとうございます」
ファルシオの言葉を、扉の向こうからの声が継いだ。姿を見せたのは、呆れた口調とは裏腹に冷たい目をしたシルクだ。
「ただ、選んだ方法は最悪ですね。悠樹様に手を出したことで、あなた方はセルナディアを敵にした」
ファルシオの後ろを通り、悠樹のそばで立ち止まると右腕を肩の位置まで上げた。その手に握られた鈍い光を放つ短銃をピタリとシィンに合わせる。
「フィルド様から、追跡で捉えた方角と距離を聞いた時には驚きました。確かに人を隠すにはこの遺跡はうってつけかもしれません。ですが悪趣味です」
苛立ちを隠さないシルクの声を、ファルシオが片手を上げることで遮る。彼はアルマンを睨みつけたまま、その視線を動かそうとはしなかった。
「ルクスバードが今、どのような状況かご存じでしょう。その使者が他国で行方不明になればどうなるか、わからぬアルマン殿でもありますまい。イエルシュテインはルクスバードが乱れることを望まれているのか。それとも、セルナディアと事を構えるおつもりでも?」
「ルクスバードに他意はない。むろんセルナディアに対しても、娘が嫁ぐ国にそのような考えを持つはずがない」
アルマンが重々しい口調で答えると、ファルシオの瞳が細められた。悠樹の無事を確認したためか、部屋に入ったときに比べれば幾分落ち着きを取り戻した声でアルマンとの対話を続けていく。
「ご息女とのお話は正式にお断りさせていただいたはずです」
「……」
「私の意志は変わりません。特に、このようなことをされてはね。」
心中穏やかではないであろうファルシオに対して、アルマンの表情は先ほどから変化はない。その態度は精神的な強さからくるものなのか、開き直ってるだけなのか、悠樹には判断がつかなかった。