陰から操る者-1
急に部屋が明るくなった。そんな錯覚を起こしてしまいそうな光景に、悠樹は目を見開いたまま立ち尽くしていた。
室内に押し戻されたアルマンを庇うように、シィンが彼の前に立つ。慌てているように見える老人に対して、髭の王は僅かに眉を寄せる程度にしか表情を変えていない。二人から視線と剣先を逸らさず、ファルシオはゆっくりと室内に足を踏み入れ、開いたままの扉を背に立った。
「無事か」
「うん」
会話とも呼べないやり取りでファルシオの気が僅かに逸れる。その隙に、アルマンとシィンがルクスバードの使者がいる続きの部屋との境目まで後退した。
「なぜここが。術師、貴様が知らせたのか」
「違、う……く、あ、ああああ……」
シィンの目がリジュマールを睨みつけ、それに反応するようにリジュマールが声を上げる。最初の頃に比べて明らかに弱く小さくなったその悲鳴に、悠樹の不安は大きくなっていく。
「その子は律儀に術の軌跡を消していったよ。無駄だとわかっているはずなのに、そういう命令だったんだろうね」
足音もなくファルシオの後ろから現れた少年は、落ち着いた声音でそう告げた。
「僕のテリトリーに入り込んで、僕が気付かないはずがないでしょう?術の軌跡を消したって誰が何をしたかくらいすぐわかる。ま、僕相手に時間稼ぎをしたんだ。この子にしては頑張ったと思うけど」
翡翠色の瞳が素早く動き、床に倒れたままのリジュマールを映して目を見張る。すぐに近づいて膝を折った。
「リジュは私を助けようとしてくれたの。お願い、助けて!」
「うる、さ……お前……なんか、に……」
差し出された手を振り払い、また呻くリジュマールにフィルドが苦笑する。
「その元気があるなら大丈夫、って言ってあげたいところだけど、このままだと死ぬよ。それがわからないほど無能じゃないでしょ」
最後は笑いを収め、問答無用とばかりにフィルドはリジュマールの両手を捕らえて悠樹に押し付けた。反射的にそれを受け取ってフィルドを見返すと、彼は首の文様を食い入るように見つめ、やがてその指でなぞり始めていた。
「しっかり押さえてて。暴れて詠唱が中断したら助けられない」
早口の指示に頷いて、悠樹は両手で彼女の腕を抱えた。その間にもフィルドは白い指は何かを探すように文様を辿っていく。そしてある一点で指を止めると、術言を唱え始めた。